蒼天の雲 15



「幸千代王様も、もうそろそろ元服なさってもよい頃合にござりまするなあ」 
「はい!」 
 話しかけると、継子は目を輝かせて頷く。 
「戦の無い世に…否、それが出来ずとも、少なくなるように、お父上様を助けてくだされや。
お父上様やお祖父様を総領に、他の豪族どもがまとまってそれぞれの領地を治めるようになあ」 
いつものごとく言い聞かせながら、 
(嫁して十年、ようよう変えられたのは、公方家のお子たちやわずかな豪族の意識のみ…) 
志保はそれがどれほど難しいかを今更のように思うのである。夫であるはずの晴氏とも、
思い出したように夜の交渉は続いているものの、 
(前途多難であるの…) 
赤子を死産してより、懐妊の兆しすらない。房事の後にそれとなく、共にお拾いを申し出てみるものの、
晴氏は苦い顔をして彼女を一瞥するのみで、たまに彼女の髪へ戯れで指を絡めることがあっても、
すぐに閨を去る。 
 それでも、曲がりなりにも晴氏が志保の元を訪れるようになったのは、やはり八重の死が
  彼の心にもわずかではあるが影響を与えたせいなのかも知れぬ。志保にあまり構いつけていないと、
  八重へ手をつけて結果的に死なせたことを、 
「こなたによって、どのように北条に知らせられるか分からぬゆえ」 
抱くのである、と意気高に繰り返しながらも、志保の顔からすぐに視線を逸らせるのだ。 
(もしも八重が生きておったなら) 
きっとまたそのことについて、晴氏への怒りを露にしているだろう。だが志保のほうは、
八重を死なせたことで彼を今も憎んでいるというわけではない。 
(良心の咎めは感じておわす…) 
肌を重ねる間しか、といっていいほどに夫との接触はないが、その短い逢瀬の間に、
それだけは感じ取れる。「嫌っている」と憚らず言って来たせいもあって、北条のものへは今更
素直に謝罪の言葉を言えぬし、それをどう態度に表せばいいのか分からぬらしい。 
一時は確かに、己の実の姉とも妹とも思う「股肱の臣」をよいように慰んだ挙句、孕ませて
死なせたということで彼を恨んだ志保であったが、 
(公方家の跡継ぎじゃからと、己が望むところを己から言いだす前に、周りの人間が察して、叶えて呉れたがゆえ) 
それがようやく分かり始めて、志保は晴氏を憎めなくなったのだ。何より、志保が許さねば
死んだ八重も悲しもう。 
だが、恨みは無くなったとはいえ、志保にはどうしても「晴氏に思われていないから寂しい」とは
思えない。晴氏と肌を重ねることに嫌悪感も覚えぬし、少しずつ距離は近づいていくような気もするにはするが、
その割にかつて三浦義意へ感じたような燃えるような想いも夫に対して未だに持てぬ。 
(政略結婚のゆえかのう?) 
今日も己の気持ちに首をかしげながら彼女は苦笑し、日課の散策を続けるのだ。 

 志保は「おなごゆえに」と、成り上がり精神を受け入れてもらえぬのを嘆いているが、
  彼女が女であってもなくとも結果は同じであったろう。そもそも、早雲入道の領国経営の仕方が、新しすぎた。 
「公方家は、足元にある物事だけに注意がいって、他のことにはあまり頓着なさらぬ」 
 高助は、そう結んで嘆いたのだが、それはどうやら小弓公方側でも同じらしい。
  小沢原の戦いで初陣の新九郎によって散々に打ち負かされ、そのまま小弓城へ逃げ帰った扇谷朝興が、 
「里見・真理谷の家督争いをまとめてくだされ。でなければ、我らの戦力は半分に目減りしたままにござる」 
と訴えるのを、 
「余を裏切って、北条へ救いを求めておるような奴ばらを、何ゆえこちらから言い出して、
拾い上げてやらねばならぬ。それにのう」 
古河高基の弟である小弓義明は馬鹿にしたようにじろりと見やって、 
「己の実力不足を、兵力の少なさのせいにするではないわ」 
鼻の先で笑われて、朝興はすごすごと引き下がるしかなかったのだが、内心、小弓公方へ
どのような感情を抱いたか、想像するに如くはない。 
 それでも、公方の血を引く義明を担いでおかねば、やはり「関東管領」など名乗れたものではない。
  関東管領は、関東公方を上に頂いてこその「管領」なのだ。 
 古河公方へ弓引いて、新たに小弓公方を担いだのは扇谷朝興自身である。今更のめのめと古河へ
  帰参を言い立てられるわけもなく、かといって扇谷朝興にも、他豪族の家督争いに介入できるだけの
  徳はなし…否、徳がないということを、彼自身は気づいていなかったかもしれないが…ともかく扇谷朝興は、
  生きている間、北条と事を構えれば必ず敗けた。 
 味方に引き入れたはずの山内憲房も、朝興が川越を訪れた翌年、大永五年に五十九歳で亡くなっている。
  享禄四年にまだまだ幼い彼の実子が数え年九歳ほどで山内上杉の過信によって憲政を名乗らされたため、
  古河高基の次男で山内上杉を継いでいた憲寛は古河へ追い戻されたそうな。 
 それによって、当然ながら古河高基は激怒した。そしてそれは、彼の北条びいきに拍車をかける結果になって、 
「北条殿に、小弓公方の始末を全て任せる…」 
というところまで、話は享禄四年中にあれよあれよと一気に進展した。 
 ともすれば、大らかさと呑気さが顔を出す高基の、これは意外に早い決断である。 
「真理谷信隆、里見義尭へ助太刀するというならそれもよし。古河公方もまた、全力で北条を支援するであろう」 
 そういった「信書」が、北条の元へ正式に届いたのが、年号が変わって天文二(一五三三)年。
  この頃には幸千代王を名乗っていた晴氏の嫡子も元服し、京足利十三代将軍義藤の一字をもらって藤氏と名乗っている。 
 そして高基が、彼にしては思い切った判断をした、そのことが祟ったのか床に臥しがちになったのもその頃からである。 
 ひょっとしたら、決断した後で彼は酷く後悔したのかもしれない。今まで直接的な手を打てなかったのも、
  何と言っても相手が実の弟だという気持ちが、止めを刺すというところまで決断させなかったからだ
  とも言える。ともかく、こうして古河高基が公方として北条を支持すると明言してから、関東平野は再び一気に緊張した。 
 僭称公方、小弓義明「討伐」の先手を命ぜられ、その準備が整ったからと、高基の見舞いを兼ねた
  挨拶の使者が北条から来たのが、それから二年後のこと。 
「おお、これは、もしやお千代殿ではないかや」 
 堅苦しい挨拶の儀式が終わったからと、これもいつものこととて北条館へ案内されてやってきた
  北条の者達の先頭に進み出て、彼女に頭を下げた青年を見た時、志保は歓声を上げていた。 
「お懐かしや…ご立派になられまいたの」 
「はい、姉上。お久しぶりにござりまする。姉上は少しもお変わりのう、お美しくあらせられる」 
「これは…世辞も上手うなられたもの。あの、何かと申せばベソをかいておられたお千代殿がなあ」 
「いや、世辞などではござりませぬし、いつまでもベソをかいてはおれませぬ」 
姉の言葉に、「お千代殿」新九郎は頭を掻く。 
「お聞き及びでござりましょうが、今は新九郎氏康と名乗うておりまする」 
「おお、左様にござりました。お千代殿ではなかったのう。新九郎殿じゃ…おじじ様や父上と同じ名をお継ぎやったか」 
「はい。長氏、氏綱と続く我がお家の名を辱めぬよう…そう思うて」 
「北条氏、長く綱がり康かれ、と、引っ掛けられまいたかの」 
「ははは、それはなあ…よい! 左様、そう思われてもようござる」 
 志保の冗談に、新九郎だけではなく、その場にいた者達が声を上げて笑った。 
「こたびは、父氏綱の名代として、これ、こちらの為昌も伴うて参りました。覚えておいでで
ござりましょうや? 姉上が、こちらへ嫁される朝、継母上のお膝へ抱かれていた、これが
あの折の赤子…貴女様の異母弟にて、今や氏時叔父の後を継ぎ、玉縄の城主になりまいてござる」 
「おお、おお、あの赤子がのう…これはお父上そっくりでいらせられる」 
 志保が目を細めながら言うと、氏康は、異母弟の、まだ少年である為昌と顔を見合わせて
  照れくさそうに笑った。もはや姉との別れで涙した、あの気の弱い少年の面影はほとんどない。 
「どれ…ご両人、もそっと近う。もっとよく、お顔を見せてたも」 
言われて、新九郎氏康は「人払いを」と命じ、心得て近侍の者が出て行くと、異母弟とともに姉へ膝でにじり寄った。 
「…おじじ様にも、よう似ておいやる…」 
(肉親とは、まこと暖かく良いものじゃの…何年隔てられようとも、昨日出会ったばかりのように話が続けられる) 
両者の頬をそれぞれ白い手のひらで包んで、志保は思わず落涙した。 
「姉上様」 
「おお、いや、これはしたり。見苦しいところをお目にかけまいた。あまりにも懐かしゅうて」 
慌てて志保は右の袖でそれを拭う。それを見ながら、 
「…父上は、いつも遠くへ嫁がれた姉上の事を案じておられまする」 
 氏康が、ぽつりと言った。 
「姉上だけに、力押しだけでは到底勝てぬ難しい戦を押し付けた、済まぬことをした…
亡くなりまいた左衛門頼秀が我等にも申したのと同じことを、折に触れて繰り返し何度も申されて…
じゃが、姉上はきちんと、姉上の戦を少しずつ勝利に導いておいでじゃ」 
「…なんと、こなた様の目にはそう映る…それはまことにござりましょうや?」 
「まことにござりまする。我らがこちらへ参りますと、古河次期公方の奥方が弟御よと、
我らが領地の民が我らに向けるのと同じ目で、下河辺の民は我らを見まいた。姉上が嫁されてから
下河辺からは戦がのうなった、古河晴氏様の代には、きっともっと下河辺は良うなろうと…
民は晴氏様に大いに期待を抱いておりまする。そのことを挨拶の中で手前が申し上げますると、
晴氏様も苦虫を噛み潰した表情ながら、実は満更でも無いご様子…これは、何におきまいても姉上のお手柄かと」 
「…」 
「あ、姉上? あ、あ、これは」 
「済まぬの…目に見えぬ戦であっただけに」 
 弟の言葉に、志保ははらはらと涙を零した。姉を泣かせてしまったと焦る新九郎と為昌へ、
  涙を拭いて再び笑いかけながら、 
「嬉しゅうて泣いておるのじゃ。心配めさるな」 
(我が成り上がり精神、少しは通ったかもしれぬ) 
しかし、そう思うとなおさら嬉し涙があふれ出る。 
 そして、北条の者が「やはり頼りになる…」と見て、安心したのであろうか。新九郎氏康が姉の無事を確かめて、
  安堵しながら父氏綱の待つ小田原へ帰ったその直後、古河高基の容態は急変したのだ。 



…続く。