Last Stage 23





そして、私の大親友を入れて、新入生歓迎公演への稽古は始まった。
私と美帆ちゃんは衣装とメイク、美帆ちゃんのカレであるところの今村君は
今度は「博士」。
そしてわかめちゃんが演るところの役は、なんとその助手なのだ。
前世を夢に見るという悩める若者…これが今回の尾山君の役で、それを救うという名目で
研究所を訪れたのが、奥井君演じる「教祖」。だけどこの教祖の本当の正体は神様で、
人間からは見えないけれど、男女二人の天使をお供に引き連れている。
この男天使を演じるのが、すっかり影が薄くなっちゃったけど前野君。ヒロインである
女天使を演じるのが、まりちゃん。
「教祖らしい、天使らしい、かつ個性的な衣装をねえ。博士と助手二人は白衣にスーツ。
ありきたりだけどこれが無難かもしれない」
私が言い始めると、
「ふむふむ。そうだね」
そしてそこはやっぱり「気心の知れた従妹同士」。衣装のデザインもわりに同じような方向で
すんなりまとまる。
「まりちゃんの衣装は、わりにまりちゃん、今回『黒い役』だから、黒天使ってことで黒で
まとめてみてもいいかも。んで、コンビの前野君のは、白」
「それ、面白いね。二人の天使の心の中を、そのまま現した、ってこと?」
「そうそう。一応、尾山君にも通さないとね。こういう感じでさ」
なーんて、私が余ってるノートに、今回出演の役者たちの衣装の大体の形をさらさらと描くと、
美帆ちゃんも頷く。
「分かった。大まかなところは飲み込めたからさ。細かいところは私に任せて」
「よっしゃ。そっちはじゃあ、美帆ちゃんに任せる」
てなわけで、大体の形は私。デザインはそっちの方面に垢抜けている美帆ちゃん担当。
「天使の羽、ダンボールじゃちょっとこないだ失敗したからさぁ」
というわけで、部室の中の余っている歯切れや、使えそうな衣装を再び探しながら
私が苦笑しながら言った。
「そうだったねえ。デザイン的には良かったけど、やっぱり何度も使用してると、クタッて
なっちゃうよね」
十二月公演の時に、今村君のために作った天使の羽。予算が無いからと、なんとダンボールで
型を取って、それへ綿をつけて…なんてやってたら、
「見事にへろへろになってたよね、最後。はははは!」
「あはははは! だけど、お客さんには好評だったじゃない」
「ううむ〜」
というわけで、ヘロヘロになってしまったのだ。
「やっぱ、針金かな。針金に、何とか上手いこと羽に見えるように布を巻いて、そんでもって
綿で誤魔化す」
「うんうん。だけど、まりちゃんのほうはどうする?」
「あれは、いわば堕天使だから、究極、羽はいらないんじゃないかと思う。春休みに
家に帰ったとき、お母さんの本、漁ってて見つけたんだけど、これ」
そして私は、部室の汚い机の上へ、『貴方にも出来る! 簡単可愛い服』なんて銘打たれた
本を広げる。
「ここ、ここ。私もちょっとさ、これだけのものが作れるかどうかはわからないけど、こういった
ふわっ、テロン、ってな風なワンピにして、靴とかパンストも黒で揃えてもらおうと」
「へえ〜…可愛いじゃん、これ」
美帆ちゃんは、目を丸くした。そこには「普通に作っても可愛い」手作りワンピースの見本が
載っていて、
「今度はまりちゃんのサイズ、測らなきゃ」
なーんてやってるところへ、当の尾山君がやってきた。
「お、やってんな? んで? 調子はどうなんだ」
「おかげさんで。ま、ちょっとこれ、見てみ」
「へええ…さすがだな」
尾山君も、私たちがさっきの話し合いでさらさらと決まった『ノート』を見て、感心したみたいに
頷いてくれた。
「これ、いいんじゃないか。これで行ってくれ。お前らに任せる」
「っしゃ!」
『演出』の許可が出た。美帆ちゃんと私は、思わず片手同士を「パン!」なんて音を立てて合わせる。
そこはやっぱり従妹同士で、
「お前ら、ホント息が合うな」
尾山君も何だか楽しそうに笑ってる。だけどそこで、
「わかめは? 向こうで休んでんの?」
「ん…まあ」
わかめについて尋ねると、尾山君は何故かほんの少し顔を赤らめた。
「ちょっと…今回のシナリオ、クサいって笑われてさ」
「あはははは!」
それが、決して非難の響きが入っている言葉じゃなかったから、私と美帆ちゃんはまた顔を見合わせて
笑ってしまった。実際、
「確かにクサいわな」
「お前まで言うか」
私が言ったら、尾山君はもっと顔を赤くして、それでも笑う。
奥井君演じる『教祖』が作ろうとしているのは、愛のない世界。
愛があるからこそ、憎しみも生まれる。憎しみは戦いを生む。そんな世界を作ってしまったのは
他でもない『神』であるところの自分であり、だからこそ失敗作である人間は、自分の手で
滅ぼさなければならない。
その、もっとも効果的な方法は、人間の見る夢の中で絶望を刷り込むことだと思った『教祖』は、
前世のことを夢に見て悩まされる、とある青年を利用することにした。
神様だから、自分がお供に連れている『黒天使』が、その青年の前世における恋人だったことも知っている。
前世の世界でも、悩める青年だった恋人を救おうとして、逆にその恋人に殺された彼女に同情して、
神様は地獄に落ちようとしていた彼女を救い上げ、自分の側近の天使にしたのだ…信じていた恋人に裏切られ、
絶望と憎しみの黒に染まった心が、翼にも表れてしまった彼女を。
「ただ、『天使は白』っていうのが通念になってるでしょ。黒い翼の天使も、いていいと思うんだけど、
それがお客さんに伝わるかどうか」
「そうだなぁ」
私がちょっとため息を着きながら言うと、尾山君は近くの椅子に座って、長い両手を天井へ伸ばしながら、
「でもさ、表現ってそんなもんだろ。伝わる時は一発で伝わる。伝わないものは伝わらない。
俺らがこのシナリオで、客へ向けるメッセージは一つでも、受け取り方は客の数だけあるんだからさ。
伝わるヤツには伝わるし、そうでないヤツは仕方ないじゃね? それを言うなら、テレビだってそうじゃないか」
「…ああ、そっか。なるほどねえ」
シナリオをためつすがめつ、私が頷いたら、
「おいおい、マジに取らないでくれよ。でも、さ」
尾山君はまた照れて頭をかきながら、
「その最後の教祖の台詞、あるだろ? やっぱ俺、『性善説』を信じたいんだよな。クサいって言われても。
わー、忘れてくれ!」
言っていて、ついにそこで恥ずかしくてたまらなくなったらしい。
「じゃ、また俺ら、稽古に戻るから。手が空いたら様子、見に来てくれよ」
なんて、逃げるみたいにそそくさと部室から共同練習場へ行ってしまった。
教祖の最後の台詞っていうのは、
『私は、愛の無い世界を創ろうとしていた。だがそれは間違いだった。愛が無ければ、人は生きていけない。
愛が無ければ、人は生きる目標を見失う…君たちを見ていて分かったよ』
なんていうもので、要するに
「神様だって間違うんだ、ってことだよね、あっちゃん?」
「簡単に言い過ぎじゃない?」
笑いながら、私は紫色のハギレを戸棚から出した。
T市に来て、三回目の春。三回生になって、途端に実験の数も増えて忙しく…というよりも、
実験に時間が取られてしまう、というほうが正しい…なってしまったけれど、どんどん暖かくなってく日差しは
毎年変わらない。
「美帆ちゃんさ。ちょっとは下宿に帰ってきなよ? 一年生の子たちも新しく下宿してきたしさ。
センパイとして、顔を出しなよ、ね?」
早速、余ってるハギレでまずは『教祖』のマントの襟部分から作ることにした私。針を動かしながら
私が言うと、美帆ちゃんもちょっと苦笑いして、
「うん」
なんて頷いた。
「えらく素直だね」
私がにやにやしながら言うと、美帆ちゃんはだけどちょっと寂しそうな顔をして、
「…言わないでおこうかと思ってたんだけどさ」
「どうしたのさ」
やけに深刻そうな声で言うものだから、思わず針を動かす手が止まった。彼女の顔を見つめる私へ、
美帆ちゃんはもう一度寂しそうに笑って、
「けんちゃんとさ、あまり上手くいってないんだ…最近は、奥井さんの考えに従うほうが大事なのかな、
なんて思っちゃって」
「ふうん…」
けんちゃん…今村君。今は私の目から見ても、彼が奥井君の『カリスマ』に魅せられているのが分かる。
奥井君には確かにそれだけの力がある。「俺について来い」なんていうことが堂々と言えて、
それに見合う実力もある。だから、年下の子が奥井君に、『男』として惚れてしまってもそれは
陶然のように思えるのだけど、
「私の言うことに従え、っていうんじゃないんだよ? ただ…最近はさ。あ、ごめんあっちゃん、
ここ、押さえてて」
「あいよ。…んで、最近は?」
襟ぐりのところを指で押さえると、美帆ちゃんは「ありがと」なんて言いながら、丁寧に折り目を付けていく。
「…最近は、さ」
最後まで折り終えて、美帆ちゃんは「ふーっ」なんてため息と一緒に、
「何でも『奥井さんがこうしてた』『奥井さんがそう言ったから俺も』、なんだよね」
「ああ、なるほど」
この一年、見ていて分かったのだけれど、今村君はいい意味でも悪い意味でも「悪ガキ」で、
人の影響を受けやすいタイプなのだ。
そんな子が、奥井君みたいな強烈な個性を持っていて、「やるときゃやるさ」な人に出会ってしまったら、
そりゃ影響を受けないわけがない。
「このままだったら、自分がなくなっちゃうよ、なんて言っても聞いてくれないしさ」
「…だから、下宿に帰ってくる気になった、と?」
私がちょっと嫌味っぽく言うと、美帆ちゃんは「酷いなあ」なんてちょっと照れくさそうに苦笑いする。
「でも、ま、否定しないよ。その通りだもん」
「おやおや。認めちゃったか。でもまあ、一応は一回生の子たちに顔を知られておくのも悪くないよ。
なんたって『ご近所さん』だしね」
「うん、そうする」
私が明るく言うと、美帆ちゃんもやっとそこで笑った。

下宿へ帰ると、
「あ、川上さんだ! お帰りなさーい」
「入学式、終わったんだ? お疲れー」
春休みの間に下宿に入ってきた、新しい一回生たちが私を認めて、嬉しそうな声を上げてくれた。
(可愛いなあ)
ころころしたおにぎり、みたいなイメージがあるその三人組は、
「川上さん、私、サクラと一緒に演劇部の練習、見に行っていいですか? 入部希望でーす」
「いいよいいよ。ぜひ来て」
ショートカットの下に、大きな目がきらきら輝いてる「藤井悠子」ちゃんこと「フミヤ」と、
「なんだかノセられちゃったような気がしますよぉ、もう」
なーんて唇を尖らせてる「桜井弘美」ちゃんこと「サクラ」。そして、吹奏楽部に入るのだという
三好裕美ちゃん。
「あ、こっちはね。私の従妹でもある赤井美帆ちゃんだよ。よろしくね」
「はーい」
「よろしくー!」
…下宿の共同キッチンで、女同士集まって、まあかしましい。
そんなこんなで、新しい「仲間」はまた増えた。
「…役者っていうのはさ」
そこで、私は私の部屋にその子たちと美帆ちゃんを集めて、一説ぶったりするわけだ。
「私、一回生の頃に言われた事があるんだよ。役者っていうのは『自分を捨てきらなきゃいけない』って。
だけど、最近は、それ、違うんじゃないかなって思ってる」
「へえ、違うって、どんな風にですか?」
『藤井』だから、つけたあだ名は「フミヤ」。要するに往年の歌手グループのボーカルから取ったわけだけど、
本人さんは嫌がってないらしいから、私もつい、そんな風に呼んでるわけだ。
「ん、とね。あ、これどうぞ」
そして「女の子のお話」には、お菓子は欠かせない。買ってきたカルビーかっぱえびせんを勧めながら、
「私は、演じるってことは、『私の中にある何人もの私を出す』ことじゃないかなと思ってる」
一年間、アマチュアだけど舞台に立ってきて、アマチュアなのにお金だって払ってもらった。
100円でも400円でも、その「重さ」は同じ。演じてきて分かったことは、
「…与えられた役をどう演じきるかっていう答えは、自分の中にあるんだよ。自分の中にも、
自分は一人じゃないでしょ? 素直な自分、ひねくれた自分、子供っぽい自分…一杯いて、
その中のどれかに、与えられた役は絶対にあるんだって、そう思うようになった」
するとフミヤとサクラとミヨシちゃんは、
「へえー」
「『エリスの仮面』の世界だぁ」
口々に言って、それぞれが二つずつ頷いた。
「いや、あの、あくまでも個人的な考えでさ。まま、どうぞどうぞ。これからもよろしく」
だもので、私も少し照れてしまった。慌ててお菓子を勧めたら、皆がクスクス笑っている。
そこで話題は、
「ねえねえ、赤井さん。演劇部って、カッコいい人、います?」
「え? カッコいい人かどうかは分からないけど、男の人ならたくさん余ってるよ、あははは」
どうやら、「恋人」へ移ったらしい。思わずにこにこしながらその様子を眺めて、
(天田さん、やっぱり今も頑張ってるのかなあ)
そこで思うのは、「カレ」のことだった。
今日は後輩と騒ぎます、なんてメールを送ったから、多分、今日中には彼からの電話やメールはない。
そのはずなのに、
「あれ? まりちゃんからだよ、珍しいなあ」
着信音が鳴って、誰だろうと思いながら見てみたら、これまた私が可愛がってる後輩からだった。
「…ごめんね、ちょっと出てくるわ。適当に騒いでて」
そこには『今から会えませんか。相談したいことがあるんです』なんていう、ちょっと深刻っぽい文字が並んでいたから、
私は急いで下宿を出る。まりちゃんは「自宅組」だから、自分の家じゃきっと言えないことを…
そして同じ「演劇部」である私にしか言えないことを、相談したいに違いない。
下宿から出てみて驚いたことに、まりちゃんは道路を挟んで真向かいにいて、
「どうしたの?」
とても寂しそうなその様子に、私は驚いて彼女へ駆け寄り、声をかけた。
するとまりちゃんが真っ赤になった目で言ったのは、
「私、尾山さんが好きなんです」


to be continued…

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