Last Stage 21
『…その町は、とても奇妙な町だった。住人はわずかしかなく、周りを壁で囲まれている』
それから一週間後の12月1日。いよいよ公演の日はやってきた。
T市ふれあい会館で、天使に扮した今村君の声が響く。一年前、音響の部屋から眺めた舞台、
今は私が立っている。
『テンコという不細工な名前になった僕の相方は、マスターの店でどうやら上手くやっているらしい』
人間の町を見守っていた二人の天使。
『僕らの持ち場はここなんだよ』
『だけど…』
今村君と、たかまが扮する天使二人。
女の子のほうが「人間になる」なんて言い出して、決意して「人間になる!」
なんて叫んだ途端、周りの人間に姿が見えるようになる。
それが、「マリ」と「ユタカ」の結婚式の日。幸せ一杯で笑ってる皆を見て、
『人間っていいな』
なんて、たまらなくなったのだ。
『いいのいいの。他にお客がいなくたって、踊れば皆ハッピーよ!』
そしてケイの言葉で踊りだすマスターとアキラ。
一人になった天使は、姿が見えないまま相方とその町の人間を見守り続け、そして…
『だけど、もう半分透けて見える。輪郭しか見えないよ』
『そうか。でも君は幸せかい?』
元・天使のテンコは、相方だった天使のことが段々見えなくなっていくのだ。
『うん、幸せ』
『そうか、ならいいんだ。頑張れよ』
「マスター」が経営する小さな酒場で繰り広げられる、たった10人ほどの住民達の
小さな小さな物語。
『ねえ、マスター』
そしてケイであるところの私は、マスターへ言うのだ。
『もしも夢が破れた人は、どうなるのかな。ずっとずっと夢が叶えられないまま、
心もすさんで…』
シナリオライターになりたい、ビデオ作家になりたい、それを目指して頑張るたびに、
トシオに、メジャーじゃない、ポップじゃない、って言われて、どんどん疲れていく。
トシオの「相方」だったタロウは、マリを「スター」として売り出して…普通の
八百屋さんだったマリとユタカの生活もどんどん変わって行くのだ。
もともとシンガーソング・ライターを夢見ていたユタカ。でも、彼は「一発屋」として
タロウとトシオにプロデュースされただけで終わってしまい、そんな旦那さんをもう一度
売り出して欲しくてマリは、
『ヤツの旬は終わってるんだぞ!』
『私、何でもしてあげる』
もともと彼女へ好意を寄せていたトシオへそう告げる。
夢が破れたケイは自らの死を選び、マスターは自分が元・天使であることをテンコに告げ、
人を幸せに、人の心を癒すための飲み物「コーマ・エンジェル」は、実は天使の涙で
あったことを話すのだ。
酒場にいる、見えないはずのテンコの相棒へ手を差し出しながら、
『おや、そこにいるね。さあ、握手をしよう』
というマスター。
ささやかだったはずの町の人の生活は、いつの間にかどんどん歪んで行く。
トシオは…最初は、人の生活をもっともっといいものにしたくて「総統」になったはずなのに、
「総統」と呼ばれるたびに、どんどん気持ちが違うほうへ向かっていって、とうとう
尾山君扮するアキラに、演説途中、爆弾を投げつけられてしまうのだ。
声を出さず、いわゆる「口パク」で、演説をしているトシオのところへ、爆弾を抱えたアキラが
やってきて、
『イッツ・ア・ショウタイム!』
と、これも「口パク」で客席に向かって言いながら、抱えていた爆弾を床へ投げつける…。
そこで、舞台は暗転。今村君扮する天使の声だけが、
『…そしてその街は消滅してしまった。その後には、白い白い灰が降った。それはまるで
天使の羽のようだった。僕は…僕は、どこへも行かない』
そう言い、
『僕は以前の担当の区域へ戻ることにした』
その言葉と同時に、皆が舞台へ出てきて、照明が一気に明るくなる。
私たち役者は、観客へ向かって手を差し伸べ、
『おや、そこにいるね。さあ、握手をしよう』
声を揃えてそう言う。
…そして、舞台の幕は下りるのだ。
二回の公演が終わって、幕が下りて…しばらく私は動けなかった。
皆はとみれば、やっぱり舞台の上でそのままぐったり横になっていて、
「…今回はさ、なんだか疲れたよ」
「うん」
美帆ちゃんがすごいメイクのままで言うのへ、私も苦笑して頷いた。
シナリオは悪くない。ただ、やっぱりああいう出来事があったせいで、打ち合わせが
不十分だったためなのか、照明も音響も、そして私たちの演技もテンポが悪くて、
「鈴木さんがミスったのにはびっくりしたよ」
「うん」
なんとあの、「音響のプロ」のはずのしのちゃんまでが、流すBGMのタイミングを間違えてしまったのだ。
公演時間二時間強。しかも私と尾山君と伊藤君は、三回あるダンスを三回ともぶっ続けで踊る。
尾山君なんかは、幕が下りたこっち側でもろに手足を投げ出して寝てしまっていたし、
(もうちょっと、テンポのいいやり方って無かったのかな)
それを全部、演出だったありちゃんのせいにしてしまうのは、ちょっと違うような気もする。
「よっしゃ、ぼちぼち片付けに入ろうぜ!」
役者の皆がぐったりしている中、奥井君が叫んで立ち上がると、皆も釣られて行動を始める。
役者のメイクは本当に濃いものだから、とある化粧品会社のメイク落としでしか取れない。
これまでもやってきたみたいに、ティッシュでふき取って顔を洗って、なんてやっていたら、
「よう! これ、差し入れ。お疲れ!」
そんな声と一緒に、坂さんがダンボールを抱えて控え室の中に入ってきた。
皆にコーヒーを配ってくれながら、
「今回の上演、長かったな」
なーんて、気楽にドキッとするようなことを言ってくるんだから、もう。
続いて千代田さんや天田さんも入ってきて、
(やっほー)
彼が微笑ってくれるのへ、私もこっそりと手を振った。
ぼのさんは、しのちゃんたちと一緒に舞台の後片付けをしているらしい。あの巨体が
舞台の袖からちらちら見えて、ついでに
(あれ、加藤さんだ)
珍しい人をその側に発見して、私はまた思わず微笑んでいた。
なんだかんだあったけど、これから打ち上げ。そしてその後は、
(…恐怖の反省会だ)
特に今回、演出だったありちゃんへの風当たりと、本番でミスってしまった…去年の私と
同じミスをした…しのちゃんへの風当たりは強くなるに違いない。
ちょっとため息を着いていたら、おもむろに奥井君が立ち上がった。
「まだちょっと時間、あるだろ」
彼は言って、アンケートの箱をごそごそしていたかと思うと、机の上へ中味をぶちまける。
「見てみようぜ」
打ち上げの時間まで、あと一時間。今回の宴会の場所はわりに近いところにあるから、っていうわけだろう。
皆もてんでにアンケート用紙へ手を伸ばして、とある場所で皆、示し合わせたみたいに吹き出したりしている。
「ユタカ…歌が下手、だってよ。ははははは。大変だな、小引! お前、オンチ、矯正しなきゃ」
皆がくすぐったそうな顔をしているのは、奥井君が好意の笑い声を上げた、まさにその場所。
シナリオの中で、マリのためにユタカが作った、
『マリちゃんがちゅきちゅき』
っていう歌。そこには当然ながら詞のほうしか書いてないから、ユタカ役の小引君が、わざわざ彼の
知り合いの軽音部の子に頼んで作曲してもらったのだ。
稽古中に初めて聞いた時は、悪いんだけどそのあまりの下手くそさに、私たちは皆、お腹を抱えて笑ってしまった。
音がことごとくずれている、というよりもわざと外してるんだろうか?っていう程の、
気の毒になっちゃうくらいな音痴で、
「『本当に売れてないロッカー』なんて書かれてるぞ。あ、でもこれ、一種の褒め言葉かもな」
奥井君が言うと、また皆が爆笑した。
今回の小引君の役、「ユタカ」は「一発屋」だから、確かに褒め言葉かもしれない。
その一方で、OBの人たちから、
「テンポが悪い。照明も音楽も少なくて寂しい」
「途中で休憩、入れられなかったんでしょうか。二時間強は見ているほうが辛い」
なんていう手厳しい意見もあったりしたけれど、
「ま、後は反省会、じゃね? これから飲みに行くんだから、そんなシケた顔すんなって」
その声に顔を上げたら、奥井君が皆を見渡して笑ってる。
救われたみたいに皆が立ち上がって、それから飲み屋へ移動して、
「お疲れ」
「はい、ありがとうございます」
動き出す私の隣へ、天田さんがやってきて一緒に歩き出した。皆もテンションが上がってて、
わいわい言いながら先へ歩いて行く。
「これから、どうなるのか分からないけど…とにかくいつも冷静に見ていたいって思ってます」
「そうだね」
12月の夜空へ、私たちの息が白く登って行く。
(ありちゃんも自分が悪いところを認めた。だから奥井君だって…)
私たちの前を、奥井君はたかまと、ありちゃんは千代田さんと、それぞれ歩いて行く。
その背中を見つめながら、私はなぜか祈るような気持ちになっていた。
その三日後の反省会に、だけどありちゃんとしのちゃんは出てこなかった。
いくら演出の権利を譲って、形だけになったっていっても、やっぱりありちゃんが演出で
あることには変わりない、と、思ったんだけれど、
「出て来られないんじゃないかなって思いますけど」
学生会館の小会議室。いつかありちゃんが奥井君に「お前が悪い!」って言われた部屋で、
まりちゃんがため息混じりに、寂しそうに言う。
確かに、ありちゃんやしのちゃんが出ても、特に今回は多分「二人が傷つく」だけだ。
案の定、反省会が始まって役者、照明を一巡した後、演出への意見で、
「期待はずれだった」
奥井君は、苦虫を噛み潰したような顔をして言ったものだ。
ありちゃんは、役者としての才能がずば抜けていた(あくまでも私たちの演劇部の中で、だけど)。
それは奥井君も認めていて、だからこそ今回、ありちゃんが演出をしたいって言ったことにも、
6月公演ではあまり予算をかけないでって言われたってことにも、黙ってその意見を容れたんだろう。
だけど、
「期待してたのにな、って思う」
そう言う奥井君の表情は、あくまで硬いままだったのだ。
(だけど、もうそれはそれで終わりだよね)
それを見ながら、私は思っていた。
いつもみたいに反省会が終わったら、嫌な思い出が続いた12月公演のこともこれで終わりになるだろう。
ありちゃんには役者としての才能がある。そしてちょっとミスってしまったとはいっても、
しのちゃんには音響としての才能がある。だったら、これからも演劇部でずっと一緒に
活動していける、って、私はそう考えていたのだ。
だから私は、あくる朝、部室へ行って、先にそこにいたありちゃんとしのちゃんに、
「退部届け、書いてたの」
って、寂しそうな顔で言われることになって、とても驚く羽目になった。
「どうして」
なんて愚かな問いを、私は発したのだろう。私が尋ねると、ありちゃんとしのちゃんは
少し顔を見合わせて、
「…ま、一身上の都合ってやつだよ」
しのちゃんが肩をすくめてそう答えてくれた。
to be continued…
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