Last Stage I




…そして夢の中と現実の世界を自由に行き来できる機械は完成した。
小さな小さな、言うなれば町の隅っこにありそうな「ライブハウス」とでも言うべき
この大学構内での共練の中、見にきてくれた、会場一杯のお客さんの前で、私たちの
舞台は始まる。
『私たちは娘に、本当の世界を見せてやりたいんです』
『どうぞお願いします! 実験台でも構いません!』
どこからかその噂を聞きつけたやってきた(っていう設定の)盲目の少女の両親のエゴ。
生まれつき目が見えないまま、世に送り出してしまったという罪悪感からなんだろうか、
娘に一度でいいから、色のある世界を見せてやりたい、実験台で構わない、なんて
言っておきながら、そして博士に、
『そう仰られても、こちらとしては何の保証も出来ませんよ? それでもいいんですね?』
念を押されて『それでも構いませんから!』と、すがりつく夫婦は、多分失敗したら
博士を口汚く罵るんだろう。
だけど幸い、
『ここ、ですか? ここが夢の中の世界…なんですか』
夢の中へと人を運ぶ機械、R-3はちゃんと起動したらしく、5人で踊ったダンスの後で
何も無い…砂漠のような場所が広がる夢の中へ私たちは「ちゃんと」運ばれるのだ。
母親の問いに、
『いや、そのはず、なんですが』
戸惑ったように答える博士。するとそこへ突然、
『そこで何をしている? 君たちは何者だ?』
同じ機械を研究していた、日本以外の国の住人、ロレンスが登場して、
『ああああ! 馬鹿だ馬鹿だ! 私はこれを一番恐れていたんだ!』
『…「馬鹿」?』
パニクる博士と助手。だけど助手は素早く立ち直って、博士にツッコむ。少し平静に帰ったらしい
博士は、
『いや違う、バクだバク、うんうん』
悪い夢を食べてしまうという、想像上の生き物の名前を持ち出して一人頷く。
その間、私たち『家族』は、顔を引きつらせてコトの成り行きを見ているのだ。
『人の夢は、深層意識で繋がっている。貴方も研究者ならご存知でしょう。事実、僕も
少々驚きましたが』
そしてロレンス君は語り始める。
自分も夢の中と現実を行き来する機械を開発していたこと。自分しかいないと思っていた、
自分だけのものだと思っていた夢は、夢の分析学者が昔言っていたように、どこかで
繋がっているのだということを、私たちと出会ったことで確認できたということ。
『この世界のことは何も知らないんでしょう? だったら僕が案内しますよ。何かのお役に立てるかと』
私たちが悪い人間、つまりこういった夢の世界を利用して悪事を企む、とかなんとかいう人間では
ないということを見極めて、熱く語った後、彼は協力を申し出る。
少し顔を見合わせていた博士と助手は、
『いいでしょう、お願いしますよ』
ロレンスへそう告げる。
『明日もここに来るんですか? じゃあまた、その時に』
『君とは気が合いそうだ。またここで会おう!』
ロレンスの考えに少し好感を抱いたらしい助手は、彼にそう話しかけて、
『じゃ!』
二人はそうやって、若者らしい挨拶を交し合い、一旦夢の世界を後にするのだ。
その夜、自宅へ帰った少女とその家族は、幸せ一杯といった感じに、
『今日はご馳走を作りましたからね、一杯食べてね』
『そうだそうだ。食べなさい、食え食え、もっと食え!』
『もう、お父さん! 私は女の子よ? そんなにもたくさん食べられないわよ』
『そうですよ、お父さん。何も最後の晩餐をやってるわけじゃないんですから』
そしてこんな一家団欒の場は、少女が二度、三度と研究所から夢の世界へ旅立つにつれて、
少しずつ異質のものへ変わっていく。
『今日は彼女がいないのか?』
昼間、「午後十時に研究所へ来てくれ」と少女に言い渡した助手は、一足先に
夢の世界へやってきた。
『彼女はいないさ。俺は、お前に話があるから一人でやってきたんだ』
『お前…彼女のことが好きなのか?』
そして何度目かの夢訪問で、助手も彼女のことが好きなのだと分かってしまったロレンスは問う。
知り合った盲目の少女。一人の彼女に同時に恋した二人の男の恋の行方は、
『だったら?』
そこで、二枚目な沖本君扮する助手が見せる凄みのある表情に、客席から女の子たちのため息が漏れた。
(ハンサムだもんねえ)
舞台袖でその様子を見ていた私と天田さんは、ふと顔を見合わせて苦笑する。
そしてナイフを取り出す助手。それを見て、
『ちょっと待て! 俺の話を聞けよ!』
慌てたロレンスを、助手は有無を言わさず刺し殺してしまう。
その夜、
『お父さん、お母さん』
『あらなあに?』
自分の家でいつものように夕食を終えた彼女は、ダイニングを出る前に振り返り、
『…ううん、なんでもないの。おやすみなさい』
『おう、ゆっくり休めよ』
『おやすみなさい』
いつもの挨拶をしてしばらくした後、
『…あら? これ』
母は、彼女の席に置いてあった日記に気が付く。いつもなら自分の部屋の机に置いてあるはずの、
「点字」で書かれたその日記を何気なくパラパラと読み返していた母親は、
『お父さん!』
叫んで、夫にその日記を示す。
『ん? おいおい、どうしたんだ』
その日記を受け取った父親の顔色も青ざめて、
『くそ、研究所だ!』
そして夫婦は二人で研究所へ…Dr.ゼロの元へ、彼をたたき起こすために夜の街を走るのだ。
そこで舞台は暗転し、
『来たのか』
『約束ですから』
助手と少女の緊迫した会話が始まる。
『そうだな、約束だ。俺は俺の愛を貫くために、君を夢の中の世界へ送る』
『ありがとう』
そこへ、
『待て! お前は何をしようとしてるんだ!』
やっと駆けつけた博士と少女の両親が、研究所の扉を叩きながら叫ぶものだから、
『送れ、R-3!』
助手も叫んだと同時に、少女の姿は消えた。永遠に夢の中の世界へ行ったのだ。
そこにはきっと、彼女が恋したロレンスもいるはず…そう信じて。暗闇の中で生きるのは
もう嫌だ、と。眼の見える世界と恋人とを同時に手に入れたい、と…ずっとずっと
闇の中で生きてきた彼女の『心の闇』は、彼女を愛したほかの人たちのことを
微塵も思い起こさせないほど、深いものだったのだ。
『待て! 俺を殺せば、彼女は永遠に夢の中から戻ってこられなくなるんだぞ!』
そして叫ぶR-3。もちろん、R-3は助手と彼女がもともと「そういうつもり」だったことを『彼』は
知らないから、全然無防備で、
『いいんだ!』
助手は叫んで、ナイフをR-3に突き立て、ついに壊してしまった…。
夢の中の世界、自分が『見ることの出来る世界』で、ロレンスと二人で生きていくことを望んだ彼女が
次に「見る」ことになるのは、自分が愛した人が冷たくなっている、そんな光景のはずだ。
自分を心配してくれている人を捨ててまで行った夢の世界。彼女はたった一人で、これからどうやって
生きていくのだろう。
『これで俺の愛は永遠のものになる』
狂気に心を蝕まれてしまった助手は、そして自ら命を絶つ…そこでこのお芝居「夢Forever」は終了。
明るくなった小さい小さい共練の中、割れるような拍手が響いて、
(ふれあい会館で演るより、こっちのほうがずっといいよね)
そしてカーテン・コール。去年の11月、私以外のほかの人たちがやっていたみたいに、
私も自己紹介をしながらそう思ってた。
「大学生」の芝居に相応しい、っていうよりも、こういったこぢんまりした会場で、拙いかもしれないけど
その劇団ならではの手作りの舞台で、お客さんとのダイレクトなやりとりがある。これってすごく、
「気持ちいいでしょ。スポットとお客さんの拍手を浴びるのって」
「…うん」
ありちゃんがこっそり囁くのへ、私も照れながら頷いていた。
そして私たちは、来てくれたお客さんを共練の外へ出て、扉の左右にずらっと並んで送り出す。
「あっちゃん! 見てたよ! お母さん、いいじゃん! 素敵だった!」
「んだんだ。見たよ! 張り切っちゃってさーくぅのくぅの〜っ」
私の姿を見つけて、わかめやさちこもそんな風に言ってくれるもんだから、余計に照れた。
「そんじゃね! お疲れ!」
「また講義でね!」
そして口々に言い合って去っていく二人へ手を振りながら、ちらっと横を見たら、ありちゃんは
なんと「T商」の高校生たちに囲まれて騒がれている。
「あ、あっちゃん! この子たち、T商の演劇部の子たちなんだよ」
私の視線に気付いたありちゃんは、その輪の中から抜け出したと思うと私の腕をぐっと掴んで
彼女のほうへ引っ張った。
「握手したいんだってさ。素敵な『お母さん』と! ほらほらテレてないで!」
「え、えーと、あの、えー」
友達以外にそんな風に言われたのって、当然初めてだから、さっきよりももっと照れてしまった。
恥ずかしかったけど、
「あの、見に来てくれてありがとう! 嬉しかったです!」
言いながら思い切って差し出した手を、彼女たちの手が一斉に掴んでくれる。
「これだからいいんだよ、これが!」
ありちゃんが、まだまだ戸惑ってる私の背中をバシバシ叩きながら笑った。
「あっちゃんもこれでもう、どっぷりハマったでしょ?」
「…うん」
いつの間にか、たかまやしのちゃんも私の側にいて、ニコニコ笑ってる。
「その調子であと四回頑張って! まだまだ気を抜かないでね!」
ペットボトルのお茶を飲みながら、中から出てきた千代田さんもニヤリと笑った。
「T新聞の記者さんもいるよ? 俺らには分からないように来てるはずだから、
頑張れ」
「ええっ!?」
「そんなこと言われたら、余計に緊張しちゃいますよ〜」
口々に言った私たちを、
「はいはい、次の上演までもう10分だからね。スタンバッて!」
千代田さんは共練の中へ追い立てたのだった。

(ちょっと台詞が聞き取りづらいところがあったけど、でも「上手い!」って思った…か)
そして、まさに怒涛の土日が過ぎた。これから恒例の打ち上げで、焼肉パーティをする
予定なんだけど、予約の時間にはまだ少し間があるからっていうんで、皆、合宿所に
集まって、
「うーん…やっぱ親になるって難しいなあ」
奥井君がアンケート用紙片手に頭を掻いたり、
「演技を押さえ気味に、か。あ、これ坂さんの字だ、たはは」
とか、沖本君が言ったりしている。つまり、舞台の感想用紙を皆して見ているのだ。
私の演技への感想は「台詞が聞き取りづらい」「まだちょっと固いかな?」「声が篭って聞こえる」とかいうもので、
要するに大半は、「台詞が聞き取りにくい」ってことだった。
「鼻炎なんですよね…てか、鼻づまり?」
「なるほど」
私の隣で一緒にアンケート用紙を見ていた天田さんが、苦笑しながら頷いて、
「こればっかりは仕方ないねえ。風邪引いた、とかそういうもんじゃないんだろ?」
「はい…」
「工夫次第で、腹の底から声を出せるようになるよ。川上さんはこれからなんだからさ、あまり
気を落とすなって」
「はい…」
でも、お客さんにちゃんと言ってることが伝わってなかったら、演劇の意味がない。
これは反省すべきことで、
(今回の反省会、ここが多分突付かれるな…)
打ち上げの後の「つるし上げ」を思い出して、私はちょっとゲッソリしてた。
「おーい、そろそろ焼肉屋へ移動すっから、一回生もそのつもりで! 先輩たちも来るから、
ちゃんと挨拶しろよ?」
尾山君が、そこで時計を見上げて言うのを潮に、皆が立ち上がった。アンケート用紙を夢中で見ていたから
気付かなかったけど、
「よっ! まあまあ観られたよ。初めてだったら、あんなもんで上出来上出来」
「あ、ありがとうございますっ!」
坂さんもいつの間にか合宿所にいて、私の頭を軽く叩きながらそう言ってくれる。
「だけど、言ってることがわからないのは致命的だ。発声をもっと頑張れ」
…ぼのさんも相変わらずだ…。
それやこれやで、打ち上げ開始。いつもの馬鹿騒ぎが終わった後は、次の公演までいつものように
退屈な大学の講義が始まるはずで、
「俺も、今回限りで演劇部、辞めようかって思ってるんだ」
沖本君の意外な言葉に、私はまた驚いたのだった。

to be continued…

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