Last Stage H




「あれ? 君、ひょっとして噂の川上さんの従妹さん?」
私たちの側へ天田さんがやってきて、にこにこしながらそう言った。
「なんで知ってるんですか?」
「たかまが聞いたって言ってた。君の従妹さんがうちの大学を受験したって」
私が眼を見張って言うと、天田さんはにこやかに続けて、
「ようこそ。ま、ま、どうぞ入って入って」
「はぁい。お邪魔します」
すると美帆ちゃんは屈託無く笑って、するりと中へ入ってくる。その後には、
「あ、彼ね。同じクラスの今村君っていうんだ。で、そっちはついさっき、
この扉の前で知り合った工学部の前野君。演劇に興味があるから覗きに来たんだって」
「あ、そう…」
とかなんとかで、新入生の二人の男の子がくっついてきていて、共練の中は一気に盛り上がった。
に、しても、
(すごいなあ、美帆ちゃんって)
入って数分で、もうあの奥井君とも打ち解けている。可愛いし、いつもにこにこしていて
とっつきやすいから、誰からもすぐに好かれるんだ。
羨ましくて寂しくて、だけど美帆ちゃんが見に来てくれたのは嬉しい、なあんていう
矛盾した気持ちを抱えて、先輩達に囲まれている美帆ちゃんを見ていたら、
「はいはい、休憩はそこまで! 夢の中のシーン、行くよ!」
千代田さんの声が響いて、皆がそれぞれの位置にスタンバイし始める。
「あ、こっちにどうぞ」
出番の無い私も、天田さんと一緒に一回生にパイプ椅子を勧めていたら、
「あっちゃん」
美帆ちゃんが、それに座りながらこっそり耳打ちしてきた。
「天田さんってさ、ひょっとしたらあっちゃんのこと、結構気に入ってる? 好き、なんて言われたりした?」
「へえっ!?」
「あれ、違うの? そんな風に見えたもんだからさ」
クルクル動く美帆ちゃんの目に、一瞬にして顔を赤くした私が映ってる。美帆ちゃんは
やっぱりにこにこしながら、
「あっちゃん、無愛想でとっつきにくく見えるけどさ。ほんとはすごく優しいお姉さんなんだから、
もう少し普通に皆としゃべったほうがいいよ? 演劇部でも無愛想にしてるんじゃないかって、
ちょっと私、心配してたんだけど?」
「…う…」
「やっぱりそうかぁ」
図星をさされて、思わず私は言葉に詰まってしまった。
小さい頃からよく一緒に遊んでいた仲だ、っていうだけじゃなくて、多分私以外の他の人にも
すぐ分かってしまうんだろう…私を取り巻く演劇部の雰囲気ってのが。
「いいよ、私、あっちゃんと他の先輩達の架け橋になったげる! だからさ」
すると美帆ちゃんはそこでにやりと笑って、また私へ耳打ちしてきた。
「今村君の部屋へ私が行き来して、泊まることがあっても、お母さんには黙っておいてよ、ね?」
「…はいはい」
「あはは、だからあっちゃんって大好き!」
…これだ。昔からそうだけど、どうしても美帆ちゃんってちょっと…ニクらしいところがある。
今村君の部屋へ行き来して、そんで泊まる、ってことは、
(もう彼が出来たってことかぁ)
入学式が終わって二日目。もう今村君とかいうその子とそういう仲になったってことで、
(相変わらずすごいなあ)
千代田さんや奥井君にも話しかけられて、あっけらかんと笑顔を返してる美帆ちゃんを見ながら、
私は思わずため息を着いていた。
そんな私へ、
「えっと、川上さんですよね。はじめまして」
「あ、はいはい。はじめまして。前野君?だっけ」
「そうです」
話しかけてきたのは、工学部の一回生。こっちもまた、私より少しだけ背が高いくらいなのに、
ちょっとがっしり太めな、なんともごつい肩幅なわりに「ガキ」っていう笑顔を向けてくる。
そして彼はにこにこ笑いながら、
「赤井…さんの従姉さんだとか。よろしくお願いします」
「あ、うん」
えらく丁寧に挨拶してくれるなあ、なんて思って、私も頬をほころばせた…んだけど、
「ボクも赤井さんを口説いてたんだけどなあ。フラれちゃったんっすよ、アハハハ」
(なーるほど)
次の瞬間には、顔が引きつってしまっていた。なるほど、そう思ってみれば、確かにこの
前野君ってコは、「女好き」の顔をしてる、というよりも決してハンサムっていうんじゃないんだけれど、
どことなく憎めないような、母性本能をくすぐるような顔つきなのだ。女の子のほうだって、
放っちゃおかないに違いない。だってものすごく優しそうだもの。
だけど確かにこの子と比べたら、顔は格段に落ちちゃうかもしれないし、実際にお猿さんみたいな顔をしてるけど、
(今村って子のほうを選ぶわなあ)
ちょっぴり美帆ちゃんを見直してしまった。とりあえず付き合った経験があるっていうだけあって、
男の人を見る目は私よりあるかもしれない。
(男の人、か)
ぼんやり考えながら舞台を見ていたら、
『お前…彼女が好きなのか?』
舞台の上では、尾山君扮するロレンスが、沖本君扮する博士助手に詰め寄っている。
『だったらどうだっていうんだよ』
博士助手がロレンスを睨んで、懐からおもむろにナイフを取り出す。それを見たロレンスは、
『ちょっと待て! 俺の話を聞けよ!』
『今更何を話すことがある!』
叫んで、助手はロレンスへナイフを突き刺す…。
眼の見えない女の子に同時に恋をしてしまった助手と、夢の中で出会った他国の人間。助手は、こうして
『ライバル』を殺してしまった。
その上で、
『いいだろう。俺は俺の愛を貫こう』
夜、家をこっそり抜け出して研究所を訪ねてきたその女の子が、夢の中で永遠に暮らしたいということに
「加担」してしまうのだ。
…その女の子の心が自分に向いていないということを知った上で、その女の子が恋した人間を殺し、
夢の中の世界へ彼女を送り込み、そして、
『待て! 俺を殺せば、彼女は永遠に夢の中から戻れなくなるぞ!』
夢の中へ人を送り込む「R−3」は、助手が手に持っているナイフを自分へ向けたことで、
彼が自分に何をするつもりなのかを察して叫ぶ…声の担当は千代田さん。
『いいんだ!』
助手は叫んで、ナイフをR-3に突き立てる、つまり殺してしまう。そこへようやく研究所の扉を開いて
Dr.ゼロと少女の両親が到着するのだ。
息を呑んで見守る彼らの前で、
『これで俺の愛は永遠になる』
破れた恋のために、ほとんど気が狂いそうになりながら、助手は言い、ロレンスやR-3を殺したナイフを
自分の胸につきたててしまう。胸に迫ってくるようなBGMが流れる中、助手にだけスポットが当たって
次第に舞台は暗くなっていく…。
そして、この「夢の中の世界」は終わりを告げるのだ。
(そんな恋って、本当にあるんだろうか)
舞台の上で演じながら、私は思ってた。
初めて「目が見える世界」を手に入れた女の子。もうこれ以上は望むまいと思っていたはずなのに、
恋してくれる人間がいると気付いて、エゴがついに剥き出しになって、
『私は私の愛を貫くために夢の中の世界へ行く、貴方は貴方の愛を、私を夢の世界へ送ることで貫ける。
なんて素敵な愛の形じゃないですか!』
助手が自分へ思いを寄せていることも知った上で、そう言い放つのだ。
『明日の午後十時。またここへ来てくれ』
女の子が訪ねてきたのは昼間だった。博士がいなくても、すぐにでも夢の中の世界へ彼女を送ることが出来たのに、
そんな風に言ったのは、彼が最悪の形でライバルを消すため。そして恋した相手がいない世界へその女の子を送り込む。
「…すごいね。感動しちゃった」
なんだかんだで、新入生歓迎公演はもうあと一週間後に迫っている。演じ終わった後、舞台から降りてきた私へ、
美帆ちゃんが「ほうっ」なんてため息を着きながら拍手して迎えてくれて、
「お父さんとお母さん、ちょっとよそよそしいかもよ」
「…ん、まあ、ねえ」
的確な「指摘」に、ちょっと私は苦笑いをした。
確かに「仲の悪い」奥井君と私じゃ、お互いに何もかも分かってる夫婦を演じるのは難しい。
でも、それでも舞台の上じゃそれをおくびにも出さずに、ちゃんといい「お父さん」「お母さん」を
演じきる努力はしているんだから、
「ひょっとしたら、『仮面夫婦』ってこのことかも」
冗談とも真面目とも付かない顔で私が言ったら、美帆ちゃんは大笑いした。
そこで、
「おーい、一回生! 晩飯、今日は『K銀座』に食いに行くんだけど、予定とかある?」
今回の役者兼舞台監督の尾山君が声をかけてくる。
美帆ちゃんが前野君や今村君を見ると、二人とも首を振ったもんだから、
「一回生は『オゴリ』なの。っつうわけで、準備してくれ」
尾山君の言葉に、皆がぞろぞろと共練を出始めた。私も美帆ちゃんを促して外に出ようとしたら、
「お前の従妹? 遠くから見たらそっくりだけど、近くで見たら全然似てないな」
「ほっといてよ。どうせ私はブサイクですよーだ」
「あははは」
背中から尾山君が話しかけてきてくれるのへ、私もやっと冗談で返せるようになってはいる。美帆ちゃんも
私たちの会話を聞いて、
「なあんだ、ちゃんと話、出来てるんじゃない。それでいいんだよ、それで。ね?」
安心したみたいに笑った。
「お? でも俺、コイツと普通に話が出来るまで、一ヶ月くらいかかったぜ?」
「もう、酷いなあ」
「演劇部の男で、一番最初に川上と話をしたのって、俺か天田さんくらいじゃねえ? お前ホント、
ブアイソだったからなぁ」
「もういいじゃない、あんまり言わないでったら!」
言い合いながら私も笑って見上げた空には、もう三日月がかかってる。


そしてなんだかんだで二回生になってからの一週間もあっという間に終わって、いよいよ
公演本番の日がやってきた。
一応、国公立大学だから、土日は休み。例によって公演一週間前から共練横の合宿所に寝泊りしていた
私たちは、その前の金曜日からほとんど徹夜で共練の飾り付けをしたのだ。
翌日は、寝不足で赤くなった眼にまぶしいくらいのピーカン晴れで、
「晴れてよかったんじゃない? 頑張ってね」
「はい…」
「はいはい、元気出して、テンション上げて!」
合宿所に遊びに来てくれた倉田さんが、私の髪の毛を「お母さん風」に結ってくれている。
二回生になってから、新入生歓迎行事だとかで、演劇の公演以外にも「カリ組み」つまり
まだまだ授業を自分で組み立てる要領が分からない新入生のために、カリキュラムを組むっていう
企画もあるし、これがまた新入生のサークル勧誘もかねてるから、皆本当にヘロヘロなのだ。
だけどやっぱり本番前は、
「ドキドキするけど、楽しいよね?」
「はい、そうですね!」
この公演が終わったら引退する予定だっていう天田さんの言葉に、私も大きく頷いていた。
共練にある窓をダンボールでふさいで、そのままだと視覚的に汚いから黒い幕もぐるっと張って、
パイプ椅子を並べて、って、メイクと着付けが終わった後も、公演までにやることはたくさんあるのだ。
「はい、お疲れ。こんなもんだろ」
私と一緒になってパイプ椅子を並べていた天田さんは、そう言ってホッと息を吐き出したかと思うと、
私の顔を見てニヤリと笑って、
「はは、川上さん。ここ、ハナクソでもついたんじゃない?」
私の頬骨に直線的に入っているはずの茶色いドーランを、少し突付いた。
「え? うそ、マジ? どこですかっ!?」
「うそでーす。ガチガチの顔をしてるから、少しからかっただけ」
「もうっ! 酷いですよ、よりによってハナクソだなんてっ」
慌てて頬へ指を伸ばした私の様子が、かなりおかしかったらしい。天田さんはゲラゲラ笑って、
「はい、よろしい。『お母さん』、頑張れ。ただし、もうちょっと肩の力を抜いてね」
言ったかと思うと、千代田さんに呼ばれて、先に舞台の裾へ姿を消してしまった。
(そうだよね、楽しまないと)
私も同じようにそっちへ向かいながら、パイプ椅子に座ってる美帆ちゃんのほうをちらりと見る。
すると今村君と並んで座ってる彼女のほうも、ちょっと笑って手を振ってくれた。
小さな小さな共練。だけど大学のサークルが何かのイベントをやるにはちょうどいい「ライブ会場」
なんじゃないかって思いながら入口を見たら、
(お? もうお客さんたちが来てる)
制服姿のT県立商業高校の子たちや、私の友達、それから奇術部や落語研究会の人たちも来てくれていて、
(いよいよ、だね)
舞台の袖に引っ込みながら、私は目を閉じて、大きく深呼吸をした。
役がもらえた私の…「二回目」の舞台。
「間もなく、T大演劇部公演『夢Forever』開幕いたします」
マイク越しのしのちゃんの声が響いて、共練の中は一気に静まり返る…。


to be continued…

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