Last Stage D
一回生の部 その2〜春になるまで
(はぁ…これって、吊るし上げじゃないのかな)
公演が終わって、『打ち上げ』が終わった二日後、
「あっちゃん、今日は反省会だからね」
たかまが苦笑しながら私へ話しかけてきた。
「反省会?」
「今回の劇についての反省会。自分が演じた役割について、色々と良くなかった点を話し合うの」
「あー、なるほど」
席についてドイツ語の準備を始めながら、私も思わず苦笑する。なんてったって本番で
致命的なミスをやらかしてしまったんだから、(そこ、絶対につつかれるよね)なんて思ってたところが、
「アンタのミスは取り返しが付かない。致命的だよ」
案の定、ぼのさんに思い切りつつかれてしまった。
大学の講義が終わったら、時間的にはまだ五時前なんだけど、もう辺りは暗くなってる。
演劇部の部室に集まってきた部員の人たちも、同じように散々ぼのさんにつつかれたもんだから、
私へちょっと同情の眼差しを注いでくれていたりして。
「それから、自分のミスや出来ないことを加藤のせいにするな」
そんなことまで言われて「はい…」なんて頭を下げながら、
(『加藤さんの要求って凄く細かいよねえ。答えるのが大変だよ、あはは』なんて、しのちゃんと話してたことを
言ってるんだろうか)
なんて思って、私は心の中でゲッソリとため息を着いていた。
私にしてみたら、当然ながら加藤さんのせいにするつもりとかは全然無くて、むしろ加藤さんへは
好意と尊敬を持って、笑いながら話してたつもりだったんだけどな。
「…すみません」
「あと、それから、お前は先輩に対する礼儀がなってない」
(…そんなことまで)
素直にうなだれて聞いていた私も、さすがにちょっとグサっと来た。そしたら、坂さんが、
「ぼの、そいつは言い過ぎだ。お前、ちょっと細かすぎ。別に俺は川上さんが俺らに対して
無礼だとか感じたことはないよ? ごく普通じゃんか」
「そうか? そいつは悪かった」
庇ってくれたことにも、ぼのさんはさらっと流す。
(この人も、『自分はこれなんだ』っていうのを凄く強く持ってる人なんだ)
そういう風には考えることは出来たけど、
「まあいい。アタシらはもう引退だからね。これからはアンタらが作っていくんだ」
拗ねたみたいに言われると、さすがに心がささくれた。
(あれ…奥井君)
それはどうやら、私に好意を抱いていない奥井君も同様らしい。彼も散々、
「お前は自分を出しすぎ。もっと抑え目に演技しろ」とか「姿勢が相変わらずなってない」とか、
いうなれば「けなされて」いたから、(まだ終わらないのか)ってな風に苦々しい顔をしたまま、
ぼのさんからそっぽを向いたりしているし、尾山君や倉田さんも(あーあ)みたいな風に、時々私を見ては
(気を落とすな)みたいな風に苦笑いしたりしてくれている。
私からしてみれば、奥井君や尾山君、十分声も通ってるし背筋だって伸びてる。それにそもそも、
「…演劇ってのはさ」
ようやくそんな「つるし上げ」が終わって、皆が解散したのが午後11時。帰る気にもなれなくて、
部室の古ぼけた椅子に座ったまま、ちょっとぼんやり天井を見上げながら、
「『自分の中にいる他の自分』を出すことなんじゃないの?」
私は、ぽそっと呟いた。
奥井君や沖本君は、これから居酒屋のバイトに出るとかで、早々に帰ってしまったし、
千代田さんと付き合っているありちゃんは、これから千代田さんと徹夜カラオケに行くとかで、
これもやっぱりそそくさと引き上げてしまったし、で、残ってるのは私と尾山君と、それから
奥井君の『恋人』のたかまだけ。
「…ん…まあ、そういう考えもありだな」
これも、同じように帰る気にならなかったらしい尾山君が、机の上に山積みになっている台本を
ぺらぺらとめくりながら答えてくれる。
だから私は、
「自分を抑えて、っていうけれど、『素』でやれる役が回ってくる事だってあるでしょ。それとは別に、
『これが自分なんだ』っていうのを押し出すのも一つの表現方法じゃないか、って考えてる。
だから私、奥井君や尾山君の演技、面白いと思うし、ずっとそう思ってた。表現方法なんて
人それぞれだし、その人の考えもその人なりに色々あるんだから、上手く言えないけど、
『これが俺の役の表現の仕方だ』っていうのを出して、それを観客に納得させちゃうほどの
演技力があればいいんじゃないの?」
ついそんな風に熱く語っていた。
決してぼのさんを批判するつもりだったんじゃない。だけど、ぼのさんの言い方だと、
(ちょっと自分の感覚を押し付けてるみたいな気がするんだよね)
ついそんな風に思えてしまって、どうしようもなかったから。
そしたら尾山君は、ちょっと驚いたみたいに私を見て、
「お前、そんな風に考えてたんだ。やっとまともにお前の声を聴いた気がする」
「…あ、いやいや」
照れながら、たかまのほうをみたら、たかまも(それでいいんだよ)ってな風に頷いて微笑ってくれる。
その時、やっと分かったんだ。
(ああ、これでいいんだ)
性別が違うからって、特に意識して構える必要はない。『同じ人間』なんだから、人間として
ちゃんと話をして向き合えばいいんだってこと。
「俺さ、お前のこと、『とっつきにくいヤツ』だなんてちょっと誤解してた。悪かった。
だけど、見直した」
「そんな!」
だから私、もっと照れた。心の中で勝手に壁を作っていたのはこっちのほうなのに、
(優しいなあ)
『おっきくて細い』尾山君は、
「俺だけにじゃなくて、そんな風に他のヤツとも話してみろよ。話せないときはそれでいいんじゃないか?
っつーわけで」
ぱん、と音を立てて、履いているジーパンの膝を叩きながら、
「飲みに行こうや、これから。お前と、もうちょっとじっくり話してみたい。『演劇』だけじゃなくて、
色んなこと。ちょっと遅すぎたみたいな気もするけど、まだ取り戻せるだろ?」
私がその誘いに乗ったのは言うまでもない。こうしてやっと、私は私の『男友達第一号』を手に入れることが
出来たのだ。
それから、ちょっと内心(来づらいかも)なんて思っていた演劇部部室へ、私が訪れる回数が増えた。
尾山君や千代田さん、そして加藤さんを除いて皆、ものすごい「ヘビースモーカー」で、いつ足を踏み入れても
灰皿にはタバコの吸殻が散乱していて、そして汚くて小さい机の上には、必ずビールの瓶やカンが転がってて、
っていう風情の、いわば「溜まり場」だけど、
(あ、部室の連絡ノートに新しい連絡が着てる)
どんどん寒くなって、雪が毎日のように降り続いてる冬休み直前、部室を覗いて私の頬は
思わずほころんでいた。
私のほかに、誰かがまた入り浸っているらしい。丸い椅子の上には黒いリュック風のカバンが無造作に
置かれていて、その横の椅子に私は腰を下ろす。
『…新年会のお知らせ。どこがいいのか候補を出しておいてください。出席できる人は下に名前を…』
『FPのラスボスの倒し方、判明しました。他にもっと効率のいいやり方があったら提案して下さい』
(FPって…ファイアーパラダイスのことかな)
最後のページを見て、私はまたクスクス笑った。上の連絡はともかく、下の『連絡』と、それに対する
答えってばほとんど新作ロールプレイングゲームの『攻略本』で、
『アルテマソードを使うと楽。ただしその前に魔法使いへシールドをかけておくこと』
だの、
『ファイナルガードを覚えられるので、青魔法で見破ろう』
だの書かれてある。
そしてその最後には、
『だれか生物学実験のレポート助けて。奥井』
っていう、大学生だけに分かるなんとも「切実」なメッセージがあって、
(確かこれ、私『優』もらったよね)
私はカバンからごそごそと生物学実験のレポートを取り出した。学部は違っても、一般教養だから
やることは同じ。きっと教授の方だって、学部ごとに違う実験をやるなんてめんどくさい、なんて
思ってるんだろう。だから、
『お役に立ててください。川上』
私はその後にそう書いて、私のレポートをそのノートに挟んでおいた。
こんなことくらいで奥井君の私への印象が良くなるなんて、もちろん思っちゃいないけど、
(…少しずつでもいいから、奥井君とも近づきたい。友達になりたいよね。せっかく自分の世界を広げる機会でも
あるのに、勿体無いもの)
尾山君が話しておいてくれたらしくて、あれから沖本君ともちょくちょく飲みに行けるくらいの間柄にはなった。
だけど、奥井君はやっぱり相変わらずで、私に近づこうとも、目を合わせようともしてくれないから、
(最初が肝心ってホントだなあ)
申し訳ないのと、過去の自分へ「ばーかばーか」なんて言ってやりたい気分で一杯になりながら、
私は立ち上がる。
その時、『共練』のほうから、誰かの声が聞こえたような気がした。
(やっぱり誰かいるよね)
二時限目は、教授が出張だとかで休講。下宿に戻るのも中途半端だし、どうせお昼ご飯は
学食で食べるつもりだったから、そのまま私はそっちへ向かった。
そしたら、
『某月某日。今日は会社をきっぱりサボってダイニングバードを観に行く』
かすかに開いていた『共練』の重い扉。その隙間からそっと覗いて見える舞台の上には
坂さんがいて、
『タタタタタ…俺へとび蹴りをかますための足音が聞こえる。このままだと相打ちだ。
誰か助けてくれ!』
…やっぱり台詞だけじゃ、一体何を言いたいのか分からない劇を、たった一人で演じている。
「…あれ?」
そして坂さんは、私が覗いているのに気が付いたらしい。照れくさそうな顔をして笑って「おいでおいで」
っていう風に手招きをした。
招かれるまま、私はおずおずと扉を開けて中へ入る。
「見ていてよ。俺としても『観客』がいるほうが身が入るからさ」
「はい」
頷いて、私はそこらへんに置いてあるパイプ椅子へ適当に腰掛けた。スポットも音楽も無い『一人舞台』。
決して「イケメン」っていうんじゃないんだろうけど、十分に甘い感じのマスクの坂さんが
演じると、
(…すごいな)
前にも思ったけれど、本当に『舞台映え』する人だ。茶目っ気たっぷりで、周囲の人たちへの
気配りもごく自然に出来て…そう、まさに「空気を読む」。周りの人のアドリブにも合わせて
自在に周りの空気を操ってしまう、坂さんはそんな才能の持ち主なのだ。
『愛とは決して後悔しないことよ。ある愛の詩より』
舞台の袖には台本が置かれていて、多分坂さんはその台詞をしゃべっているんだろう。ということは、
それが全部頭に入っているっていうことで、
『ミュージック!』
両手を大げさに広げて坂さんが叫んだ途端、本当に音楽が流れるような気がした。
だけどそこで、坂さんは一旦休憩を取ることにしたらしい。彼の演技を眺めていた私を見てもう一度、
小さな男の子みたいにニヤリと笑いながら、
「で、どうだった?」
そう聞かれたもんだから、
「楽しいです」
私もつい、笑ってそう答えてしまう。自慢げに尋ねられたっていうのに、なんだかニクめない。
これも坂さんの魅力の一つなんだろう。
「そうそう、何事も自分が楽しいのが一番。ほら、川上さん。そこの台本見てみ」
「へ? は、はい…」
言われるまま、舞台の袖の台本を取ると、そこには「スクリーン一杯の星空でフルコンプ」
なんていう題名が書かれていて、
「相手役がいないから、全部自分でやらなきゃならなくて大変だった。女1の役、やってよ」
「は、はい!? で、ですけど、私、その…私でいいんですか?」
「いいからいいから。台本片手でいいから」
そしてなんとなくノセられて、私の『役者としての初舞台』は始まったらしい。
「じゃ、じゃあ、あの、私なりに」
「そうそう、川上さんなりに」
戸惑いながら答えたら、坂さんは嬉しそうに笑って、
「俺さ。実は劇団フォースステージに履歴書、出したの。舞台役者になりたいんだよ」
ちょっと私へ顔を近づけたかと思うと、
『某月某日…』
もう一度、台本の最初にある「サラリーマン」の台詞をしゃべりだした。だから私も慌てて、
『どうしたの!? 何があったの!? いきなり頭を抱えてぇ』
坂さんの台詞が終わると同時に、そっちへ飛び出していって坂さんの肩を抑えたのだ。
「そうそう、その調子」
すると坂さんは、また子供みたいな顔をして私を見て笑って、
「その調子で、これからも頑張りなさい、ね。演劇部を頼みます」
「…はい」
それへ頷きながら、思った。
(そっか、ひょっとしたら)
坂さんは、とんでもなく寂しいのかもしれない。自分が魅せられて愛したサークル、演劇っていう世界…
四回生になると卒業論文に伴う実験とやらで、とてもじゃないけどサークル活動どころじゃなくなるから、
三回生が終わったら引退するのが当たり前だけど、
(やっぱ、寂しいよね)
ひょっとして大学を卒業してしまったら、もう経験することもなくなるかもしれない『世界』だし、
「うーん…ここんところがちょっといまいちなんだよな。変えたほうがいい?」
でも、もしも坂さんが社会人になってからも舞台を続けたくて、だからこそ私みたいなのにも
そんな風に尋ねてくれるんだとしたら、私も真摯に応えたい。
「もうちょっと暗めにしてみても面白いかもしれません」
「なるほど。抑え気味にね…うんうん」
こうして坂さんの相手をさせられているうちに、いつの間にか昼休みも終わってしまった。
「うわあ、いけない! 午後の講義、始まりますよ!」
「お、そうだそうだ。俺もだ。これから実験が」
お互いに腕時計を見ながら苦笑して、
「付き合ってくれてありがとう。川上さんも急いでね」
坂さんは、私の頭を軽く二つ叩いて忙しそうに走っていく。
(私の『初舞台』か。私のほうこそ、ありがとうございました)
その背中が校舎の陰に隠れるまで見送って、私も彼と正反対の校舎棟へ走っていった。
to be continued…
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