Re-production I




そして、ようやくやってきた大型のヘリコプターは、美佐たちや負傷した自衛隊員を
乗せて飛び立った。
(…あ)
ヘリのカーゴルームへ通じる扉が閉まる音がする。それと同時に美佐が下を見ると、
爆破された衝撃なのだろうか、あの『旧日本軍研究室』があった岩肌が、その建物部分
だけではなく他の部分も全て、凄まじい音を立てて崩れていく。
(お父さん…!)
傍らに横たえられている父へ思わず目をやると、両手に真っ白な包帯を巻かれて
点滴さえ打たれている彼は、未だに懇々と眠り続けていた。
(本当に終わってしまったんだ…お父さんの研究は、全部)
「美佐ちゃん、大丈夫?」
「あ、はい」
ちょうどそこへ、同じようにヘリの医療室で手当てを受け終えた真紀子がやってきて、
美佐へ声をかける。
「先生…怪我は軽いはずなんだけどね」
そして同じように美佐の側へ腰を下ろし、変わり果てたかつての恩師を痛ましそうに見た。
「無理かもしれないけど、田垣君を恨まないでやってね」
「そんな! あんな場合は仕方ないですよ」
真紀子も、田垣や隊員からあの時の状況を詳しく聞き知っている。日野教授の怪我は、
軍医の見立てによると両手の火傷のみであるらしいのに、
「意識が戻らないなんて」
重苦しいため息を着きながら真紀子が言うように、彼の意識は戻る気配がない。
暗いところで十分な栄養も取らず、不規則な生活をしていたのだ。それが祟ったのかも
しれないとは同じ軍医の見立てだったが…。
「ともかく、ブラジリアへ。全ては戻ってからよ、ね」
「はい」
包帯が巻かれた父の右手へそっと触れながら、美佐は頷いた。気がつけば夜はとうに
明けきっている。
今日も熱帯は蒸し暑くなるのだろう。ぎらぎらと輝く太陽は、昏々と眠り続ける
父の顔をヘリの窓越しに照らし出す。

エピローグ

…窓の外を、枯葉が舞っている。湯気が出ている自分のコーヒーカップを両手でそっと包んで、
美佐は大学研究室の中からそれを何気なく眺めていた。
自衛隊関係者や政府の高官までやってきて、何かと慌しかった彼女の身辺は、冬が近づいて
やっと落ち着いたらしい。こうして自分に与えられている机に座っていると、夏の出来事が
それこそまるで映画の中で起きたように思えて、
(山川君)
しかしそれが映画ではない証拠に、自分の向かい側の机にいた山川の姿はもうない。
美佐の立場を気遣って、山川の遺族へは誰も『真実』を告げていないし、研究室の中でも
アマゾンで何があったのかを具体的に知っているのは助教授の中野だけである。
(『事故で死んだ』…か)
山川の死はそんな風に伝えられ、日野はそれに付随する出来事に巻き込まれたため、同様に
重態であると発表された。
日野教授の意識は、まだ戻らない。あの時自衛隊の医師が言っていたように、やはり洞窟内での
不規則な生活が影響を与えていたのだろうか。
(このまま、ひょっとしたら意識が戻らないままで…)
最悪のことも彼女は覚悟している。火傷は治ったが意識が戻らず、したがって点滴治療しか
受けていない日野の体は、まさに「肋骨が浮いている」状態なのだ。
研究室と大学病院とを往復するだけの日々を送っている最近の美佐の唯一の楽しみは、
「お嬢さん」
「あ…はい。こんにちは」
こうして折に触れ、田垣が研究室を訪れてくれることだった。
あれからしばらく、「自分を恨んでいないか」を繰り返していた田垣だったが、
「ほら、いつまでもクヨクヨしてんなって。研究、進んでんのか? ほら」
「…ありがとうございます」
「俺が言うのもおかしいけど、元気出せ。いい映画、来てるぜ。観に行かないか」
最近では、どうやら美佐を口説くのに忙しいらしい。一ヶ月に二度はこうしてやってきて、
大きな花束を片手に美佐を『デート』へ誘う。
「研究ばっかりやってると、体に悪いからな」
「本当にそうですね」
花を活ける花瓶を用意しに席を立ちながら、美佐も苦笑した。
「コーヒーでも淹れますね。インスタントだけど」
「ああ、構わないよ。悪いな」
そんな美佐を眩しげに見ながら、田垣は彼女の手から紙コップを受け取って、
「で、どんな調子だ? まあ…色々その、なんだ、日常生活とかだな」
「うふふ、ありがとうございます」
相変わらず言葉だけは無愛想で偉そうではあるが、限りなく照れているのだと分かる。
「研究は順調ですよ。お父さんのこと以外なら、なんとかやってます」
「そっか、ならいいんだけど」
美佐が答えると、田垣も少し安心したように笑った。
「あんまり一人で無理すんな。お嬢さんはその、一人じゃねえから…一尉も心配してるし、
俺も、その。いや、迷惑ならやめるけど」
「迷惑だなんて」
微笑しながら美佐は首を振る。すると隣の部屋から機器の処置終了音が聞こえてきて、
「ちょっと待っていて下さい。これが終われば、今からでもお付き合いします」
「ほんとか? ああ、待ってる」
頷く田垣へ軽く頭を下げ、美佐はそちらへ向かった。
(これを培養液で一昼夜…)
…日本へ帰ってきてから、山川が残したパソコンの内容を何度も眺めたので、今では
すっかり暗記してしまっている。そこには当然ながら父のしていた研究の手順も書き残されていたから、
(一人じゃないもの)
田垣の言葉に心の中で返事をして、美佐は機器の中から試験管を取り出し、うっすらと笑った。
(山川君も、お父さんも、いつだってそばにいるもの)
真紀子からあの時に託された「干からびた緑の生き物のサンプル」。抽出した繊維の中にはまだ
核が残っていて、かすかな生物反応を示しさえした。
滅ぼさなければならないもの、しかし父が残したもの…。
(せっかく、お父さんがやっていたことだもの)
大学病院に入院している父の血液も、人の目を盗んでこっそりと抽出してきた。これを山川の
DNAが含まれているサンプルへ混入したのだ。培養すれば、きっともっとはっきりとした『成果』が
出るかもしれない。
(ある程度の大きさになれば、太陽光に当てて…そうすれば問題ないはずだものね)
側の大きな冷蔵庫の中には、すでに何本かの大きな瓶が並んでいる。研究生達が行っている
途中の実験器具には、当人以外触れないのが大原則だから、これからも誰かが美佐の実験に
関して口を挟むことはあるまい。
(無菌操作が下手だから、カビを生やさないようにしなきゃ)
セットした顕微鏡を覗き込みながら、ピンセットの先でその核を含む繊維を抜き出し、培養液へ
着床させる。それへホイルで蓋をし、無菌室にある冷蔵庫で培養すれば、明日には新しい『命』が
生まれているだろう。
「…お待たせしました、ごめんなさい!」
「いや、構わないって」
院生室の入口で、他の研究生と話をしていた田垣は、しばらくして戻ってきた美佐が声をかけると
頭をかきながら振り向く。
「俺が勝手に来たんだから。んで? 腹、減ってないか。何か食いたいモンの候補とかあったら、
遠慮なく教えてくれ。やっぱまだ、女の好みっていまいち分かんねえし」
「はぁい」
そんな二人を、大学三回生や四回生たちも微笑ましく眺めている。暖房の効いている研究棟から
外へ出て行くと、たちまち木枯らしが美佐を襲って、
(…四季がはっきりしているこの気候には、あれを外で育てるには向かないかもね)
ふと彼女はそう考えた。
(お父さんがやっていたみたいに、気候が安定していて、寒暖の差が激しくない場所…)
「お嬢さん、どうした? 疲れてんじゃねえのか?」
「お嬢さん、じゃなくて、美佐です」
ぶっきらぼうに自分を気遣う田垣の腕へ、自分の腕を絡ませながら、
(田垣さんや真紀子さんなら知ってるかもね)
美佐は笑う。

FIN.

著者後書き:本当に、いっぺんこういうハリウッド映画みたいなベタベタなSFホラーを書いてみたかった。
構想自体はもう10年以上前に浮かんでいたものなんですけれども、途中まで書いてあれやこれやの事情
(家族にPC内容を全て消去されたりetc.)で書く気が失せていたものです。この機会にと思って書いてみたらば、
そらもう大変に楽しく書かせて頂くことができて、個人的には本当にすっきりいたしました(笑)。
お付き合いくださいまして、ありがとうございました!(2009年8月6日連載了)


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