ガラスノカケラ。 2




こうして、ゲームが結んだ中畑と私の奇妙な友情は始まった。
 ほとんど毎日、昼休みになったら
「この一章にはこの隠し部屋が合って、宝箱が」
「ここだったら、こっちは化け物が出るよね」
なんて話している私と彼を、呆れたような目で見ていた私の親友が、
「ほら!」
なんて言って彼女の机の上に置いた紙切れには、そんな中畑の特徴「らしきもの」が、
『…中畑一馬。三月二日生まれ。身長一七〇センチ、視力左右とも〇・〇一、小学四年のときから
眼鏡が瓶底に変更。よって目つきと成績及び性格、非常に悪し。敬語を使いこなした毒舌、ものすごく
評判悪し。顔悪し。真面目そうな見た目とはかなり違って、自他共に認めるスケベでゲーマー。
オタクつながりという面での友人多し』
まさに、ずらずらとばかりに並べてあった。
「あのね、もーちゃん」
…かなーり辛らつな『調査メモ』だ。
「ここんとこのねえ、眼鏡をかけていて目が悪いから、目つきも悪いって言うのは分かるよ。
だけど、性格と成績が悪いっていうのは、全然文脈もあってないし」
「いいの、それで! アタシ的には合ってんだから、ムズかしいこと言わないで」
どんどん暑くなってく、五月半ばの昼休み。珍しく私を彼女のクラスへ引っ張っていったと
思ったら、もーちゃんはお弁当を広げながら、なんだかイライラしたみたいに言う。
「言っとくけど、中畑ってねえ、本当にアタマも成績も性格もチョー悪いよ?
アンタには勿体無い!」
「あははは! やだなあ」
 例によって、一つの机にミーコも含めた三人がお弁当を広げてるもんだから、ちょっと狭い。
  私ともーちゃんの会話を聞きながら、ミーコはただ苦笑してる。
「別に私、中畑のこと、男として見てるってわけじゃないよ? トモダチの一人だよ、トモダチ」
「甘い!」
 もーちゃんは、玉子焼きをぐさっと箸で突き刺しながら、私の言葉を遮った。
「なら私のプチトマトと交換しようよ。私、甘いの好きだし」
「ミーコ、アンタは黙ってるっ! 玉子焼きのことじゃないってばっ」
横から手を出そうとしたミーコへも当り散らして、
「トモダチの一人だっつって、それが恋に発展してきた例を、アタシはいくらでも見てきた!」
「いくらでも、って…まだ中学生なのに、結構オトナな物言いだねえ」
「恋の相談を何だか知らないけど、結構受けるのよアタシはっ。アタシだって恋の相談、
する側になりたいわよ」
まあ、それはもーちゃんが「頼ってきた女の子を見捨てることが出来ない」姉御肌だからだろう。
私だって、そういう彼女が大好きなんだから。
「そんな中で、アットーテキに多いのが、『友達だと思ってたけど好きになっちゃった。
どうしたらいい?』っていう相談なわけ。んでもって」
そこで一息入れたもーちゃんは、お箸に突き刺した玉子焼きをぽいっと口の中に入れた。
「アンタなら大丈夫だから、相手の好みをリサーチして、思い切ってアタックしな、とか、
なんだってあんなレベルの低いオトコを?とか、色々アドバイスしてるんだって。で、
その経験から言うと…ほれ、ひとつ食べてみな」
「うん、ありがとう…確かに甘いね、この玉子焼き」
「でしょ? おかーさんも、もうちょっとダイエット乙女のこと、考えてくれたらいいんだけどね。
いつだって砂糖、入れすぎなんだよねえ…で、その経験から言うと」
会話の途中で、こういう風に私の口へ玉子焼きを入れてくれるのも、彼女のいいところだ。
「自分にとってレベルの低すぎるオトコを好きになった女の子は、大抵フラれる! なぜなら、
アタマの悪いオトコは、自分よりデキる女の子を認めないからだ! ケツの穴、小さいんだよねえ、
ホント。カッコばっかりつけたがってさぁ」
「…もーちゃん…」
「そういうこと、あまりおっきな声で言わないほうがいいんじゃないかな…」
私とミーコは、箸を握り締めて力説した友を見て、ちょっとため息をついた。
「だからさあ、私、別に中畑が男の子として好きってわけじゃ」
「はいはい、分かったから」
 改めて私が言っても、もーちゃんは右から左へ聞き流す。今度はから揚げを口へ入れて
モグモグと咀嚼しながら、
「ま、他ならぬアンタだから、相談には乗るよ。付き合ったげる。万が一、好きになったら、
アタシに言ってね。アタシのほうが、小学校が同じな分、アンタよりも余計にあのバカのこと、知ってるし」
「あはは、その時はよろしく」
ああ、友達に恵まれてるなあ、って、私、本当に幸せだった。でも、
『アタシのほうがアンタよりもあのバカのことを知ってる』
その言葉に、ちょっとだけ胸がちくっとしたのはどうしてだろう。
(中畑は…中学に入ってやっと見つけた、私にとって普通に話が出来る男友達。ただそれだけだよ)
 空になったお弁当箱を自分のクラスに片付けに行きながら、
「お、川崎! これ、結構面白いぜ? やってみな」
「中畑」
「俺、ちょうど昨日コイツ、クリアしたからさ」
ちょうどその時、教室の扉から出てきた彼にも、
「ありがとう。じっくり遊ばせてもらうね」
「おう、分からないところ、出てきたら教えてやるから、どんどん聞けよ」
「うん」
ゲームソフトを受け取りながら、確かに私は笑ってた。成績のよしあしは関係なかったし、
顔が悪かろうが、目が悪かろうが、スケベだろうが、そんなのだってどうだっていい。
性格だってじっくり付き合ってみたら、もーちゃんの知らない中畑のいい所だって、
私のほうが一杯発見できるかもしれないじゃない。
 …だって、『友達』なんだもん。いいところを認め合うのが友達だもん。
「はいはーい、午後の授業を始めますよー」
 廊下の曲がり角から姿を現しながら、英語のモモコちゃんが私達に声をかけてきて、
私は慌ててそのソフトを制服のポケットへ入れた。
「ほらほらお二人さん、中へ入って」
 きっとバレバレだったに違いない。ニコニコ笑ってる目で私たちを睨んで、モモコちゃんは
冗談っぽく私達のお尻を両手で追い立てるフリをする。
(素敵な大人の人だよね)
 肩のところより長い髪と、ツンと通った鼻筋。話し言葉は英語をずっと研究しているせいなのか、
ラ行が変に舌を丸めた音になる、英語なまりの日本語だけれど…テレビに出ていたっておかしくない
綺麗な先生がモモコちゃん。これだけ綺麗だったら、私みたいに変人扱いもされないんだろうなって、
一年の時から何度思ったろう。
(なれないもん。土台が違うもんね)
…中畑だって、恋人にするならああいう美人のほうがいいに決まってる。私はただの『友達』でいい。
そしたら、ずっとずっと中畑の側にいられる。つまらなかったわけじゃないけど、どこか物足りなかった
学校生活が心から楽しくなったのは、きっと中畑のおかげ。
(じっくり大事にクリアしなきゃ)
 渡されて、大事に通学カバンの底にしまいこんだゲームソフトは、私がいつかやりたいと思っていた
RPGの最新作だった。
 
(あやや、いけない。英語の教科書忘れた)
ずっとずっと大切にしたい、このままでいたい、それこそ宝箱みたいな時間は、
どんどん過ぎていく。
 いつの間にか、梅雨の季節になっていた。夏休みに入る前に開催される地区英語弁論大会に
私は出場することになっていて、
(教科書忘れたら、話にならないよね)
弁論大会っていうのは、要するに英語の教科書の単元をまるまる暗記して、会場の壇の上で発表する、
というものらしい。中学生相手にやることなんだから、弁論っていったって、英語で討論が
できるわけが無いんだよね。
 でも、それでも一応は「学校代表」として選ばれたのは嬉しい。毎日のように部活で発声や
発音の練習をしていたんだけれど、部活の始まる五時間目に英語のの授業があったせいで、
ついそのまま、机の中へ教科書を入れてしまったらしい。
(あれ、まだ誰かいるんだ)
 雨が降っているから、校舎の中はまだ昼間なのにどこか薄暗い。教室の中に電気はついていないけれど、
人の気配はする。扉に手をかけると何の抵抗もなくそれはするすると開いた。
「あれ、中畑」
「…よう、お前か」
 教室の窓際に、たった一人。側の机の上に腰を下ろして、中畑が外を眺めている。降っている雨の勢いは
そんなにも激しくないから、野球部やサッカー部の人たちは練習を続けているんだけど、
「今日は部活、休み?」
「…ああ、まあ…いや」
どうやら彼は、そういうのを眺めているんでもないらしい。側に行って同じように外を眺める私へ、
中畑は少しだけ寂しそうに笑って、
「お前は?」
「弁論大会の教科書、忘れた」
「あはは、お前らしいな」
いつもみたいに笑おうとしているけれど、その笑顔にはどことなく力が無い。ムキになって言い返そうとしたけど、
「俺…卓球部に入ってたんだけどさ」
「うん。そうだったね」
…止めた。何度かの会話で、彼のクラブのことも知っていた。頷いた私に、
「今日、辞めた」
「…どうして? あ、ごめん。話したくないなら話さないで。聞かないからさ」
「うん…」
すると彼は、少しだけ目を伏せる。不謹慎だけれど、
(ずっと、このままで…時間が止まればいいのにな)
ただ細かい雨の音だけが響いている、その瞬間が、私はずっとずっと続くことを願ってた。
中畑と一緒なら、黙っていても『会話』が出来る。中畑が相手なら、彼が黙っていても私は全然気にならない。
「川崎。俺さ」
「うん」
 やがて、彼はぽつりと言った。同時に、少しだけ雨の音が強くなる。グラウンドに出ていた人たちが、
慌てて近くの校舎の陰に避難するのが見えた。
「俺…こないだ、病院に行って、検査した」
「…うん」
私のほうを見ないまま、『目つきの悪い』目を伏せて、彼は話し続ける。一言も聞き逃すまいと、私は耳を傾け続ける。
「腎機能が悪いんだって。ああ、つまり、腎臓が悪いって事。だから、激しいスポーツとか出来ないって。
だから、オヤジがクラブ、辞めろって」
「…」
「…」
 私は、彼にかける言葉を探していた。いつも馬鹿な話とか、ゲームの話ばかりで盛り上がって、
彼にこんな風に真面目に話をされたのは初めてだったから。
「オフクロもさ、同じような病気で死んでんだ。俺が小学校二年の時。気がついたら手遅れで、全身に毒が回ってて」
「…そう、だったんだ」
「ああ、そんな顔、しないでくれ」
私、そんなに悲しい顔をしていたんだろうか。私が言うと彼は慌てたみたいに、
「俺のは、ずっとずっと軽いの。ハードな運動さえしなきゃ、全然大丈夫なわけ。長生きだってできるって。
だからその、ごめん! 変な話聞かせて」
「ううん、いいよ」
私が首を振ると、彼はたちまち元の明るい表情に戻って、
「だけど、聞いてもらってすっきりした。ありがと」
「ううん、私でよかったら、いつでも聞くよ」
 私もホッとして笑う。彼のこと、悲しい事だったけれど、また深く知ることが出来た。それはただ純粋に嬉しい。
彼が私に話してくれたのが嬉しい。
「ああ、じゃあ今度はお前の好きなヤツでも聞かせろよ。いるんだろ?」
「ええ? なんでそんな話になるの?」
そこでついに、二人とも笑ってしまった。
 でも、
「おっと、邪魔したか?」
そこでいきなり、教室の電気がついた。入ってきたのはクラスの同級生の男の子で、からかうみたいに
私と中畑を半分ずつ見た後、
「なーんだ、やっぱりお前ら、そういう仲だったんじゃん。噂にはなってたけどさあ、本当だったんだ」
「…違う」
言った言葉に、すぐに反応したのは中畑のほうだった。
「俺は、ただココに残ってただけ。コイツは、たまたま忘れ物を取りに来ただけ。
ただそれだけのことだよ。もう帰るしな」
「あ、そだったの?」
ぶっきらぼうに言いながら、中畑は自分の机の上に放り出してあった学生カバンを取り上げる。
そのまま教室を出て行く彼を、
「なんだ、つまんねえの」
本当につまんなさそうに同級生の男の子は見送って、それから私にはもう見向きもせずに、
自分の机の上へカバンを置いた。
(…行かなきゃ。先生、待ってるし)
私もまた、その子に見えないように笑って…自分の机の中から教科書を取り出す。英語部顧問の新保ちゃん、
きっと待ってるに違いない。
(そう、ただそれだけのことだよ。友達、ただそれだけ)
私も思ってたことを、中畑も言っただけ。なのに、薄暗い廊下を走って部室へ向かいながら、
こんなに…何かが突き刺さったみたいに胸が痛む訳は、きっと、
(もーちゃんが言った通りになっちゃったよ)
 素直に認めたら、涙すら出てきた。
「遅い」なんて新保ちゃんが怒るのへ、謝って、発声練習と発音練習をして…いつもの部活なのに、
全然身が入らない。
 私は、中畑が好きだったのだ。初めて出会って、彼が話しかけてきてくれたあの日から。


to be continued…

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