LIMIT 6




(あと、六時間!)
古ぼけた大時計をその中央に抱く市庁舎の駐車場へ、車は乱暴に止まった。
車の扉を閉める間も惜しく、エミリオは建物の中へ突進する。アリスンもそれに倣って
キーを引っこ抜き、ついてくる。
「エレベーターじゃない、階段!」
「はい!」
中にいる人々が、驚いて彼らを見るのを尻目に、二人は静まり返っている二階の市長室へと
駆け上がった。
扉を乱暴に叩くと、
「はいはい」
中から返事がして、中年の女が顔を出す。秘書だろうか。
「市長に何かご用? アポイントはおあり?」
そして彼らの姿を見て、あからさまに迷惑そうにするその顔の鼻先へ、
「地下の金庫の件で、市長に話があると伝えろ。緊急だ」
エミリオはまだ持っていた銃を突きつけた。
するとその女は、喉の奥でカエルがつぶれたような悲鳴をあげ、
「ど、どうぞお入りくださいな」
慌ててドアを開放し、二人を奥にあった机の側へと導き入れる。
「市長、あの、こちらのお方がお話しがあるそうで…何でも緊急なのだろうで」
「ん?」
割りに広い部屋である。その奥まった場所の中央に置いてあるデスクからは
新聞が生えていて、その新聞が動いたと思うと、
「何か用かね。私はこれから都庁へ」
頭の禿げ上がった、冴えない中年男の顔が覗く。そしてその顔は、
「な、なんだなんだ君はっ! そっちの女性はクーパー博士のお孫さんじゃないか!」
エミリオの手にある銃が自分へ向けられていると見て、たちまち真っ青になった。
「静かにしてくれ。別にアンタをどうこうしようとは思ってないんだから」
エミリオは、ゆっくりと市長へ近づいていく。思わず立ち上がって両手を挙げた彼に
苦笑しながら、
「そのままで聞け。オレ…いや、元大統領、エミリオ・クーパーが地下の金庫に隠してるものを
取りに来た。地下の金庫への見取り図を出せ」
「若造が、いきなりやってきて何を言うかと思えば…できん、できんよ、そんなことは!
決まっとるじゃないかね!」
ますますな避けない声を出して、市長は首を振る。
「そうか? でもやってもらわなきゃ
エミリオは言うと、アリスンをぐいっと抱き寄せて、
「元大統領の孫娘の頭が吹っ飛ぶぜ。それに、アンタの頭も保証できない」
彼女の頭へ銃口を当て、さらには市長の頭へ狙いを付けるふりをした。
「こっちだって必死なんだ。こうやって問答している間も惜しい。とっとと地下の見取り図を出せ!」
「は、はいはいっ!」
市長は慌てふためいて、近くの戸棚から一個の筒を取り出し、震える手でエミリオへ押し付ける。
「見取り図ならこの中に…でも、元大統領ご自身以外、誰もそこへ行けんのだ。
こんなものを手に入れても価値はないと思うが」
「お前の知ったこっちゃねえ」
媚びるように、上目遣いでエミリオを見ながら言う市長へ、彼は苦笑しながら素っ気無く答えた。
そして、まだ怯えているらしい市長には構わず、その机の上で筒の中にある紙を取り出し、広げる。
ボイラー室、食堂、サニタリー…一見しただけでは普通の、よくある市庁舎の構図である。だが、
「ここだ」
その構図の中に、不自然な空白の場所がる。エミリオはその部分を市長へ指し示しながら
その顔をじっと見た。
「ああ、そうだ。その部屋に行くには、一般のエレベーターじゃだめだ」
「どこにある?」
エミリオが問うと、市長はがっくりとうなだれて、
「この部屋の二つ隣の部屋…代々の市長と、元大統領以外知らされないエレベーターがある」
はげた額に、汗がじっとりと滲んでいる。
(フン、本当らしいな)
それを見ながら、エミリオは、
「分かった。協力感謝する」
市長へ狙いをつけていた銃口を下ろした。途端、市長は側の椅子へへたりこむ。
(情けねえオヤジだな。よくこんなのを市長に選んだもんだ)
鼻を鳴らしながら、エミリオはアリスンを促して、市長室を出ようとしたのだが、
「どうしました?」
立ち止まった彼を見て、アリスンが首をかしげる。それへ自分の唇に人差し指を当てることで
答えて、
「来い」
エミリオはまだへたりこんでいる市長を無理やり引っ張って立たせ、その背中へ銃を押し当てた。
「お祖父様」
「黙って!」
再び不審げに口簿かしげるアリスンへ言うなり、エミリオは扉を蹴り開ける。外には銃を構えた
警官がずらりと並んで二人を待ち構えていた。
「待て! 市長がどうなってもいいのか?」
それらへエミリオが叫び、市長に押し当てていた銃が良く見えるように少し体の位置をずらす。
すぐにでも発砲しようとしていたらしい警官たちは、それを見て二の足を踏んだ。
「動くな。このビヤ樽に穴が空くぜ?」
彼が言うと、その言葉にアリスンが思わず噴出すのが聞こえる。苦虫を噛み潰したような思いを
堪えながら、エミリオは市長を引っ張って移動し始めた。
市長が言った部屋の扉を同じように蹴り開けて、彼は市長を乱暴に中へ突き転がす。アリスンも
一緒に部屋へ入ったのを確認して、エミリオは中から扉の鍵をかけた。
「で、エレベーターってのはどこだよ」
エミリオが問うと、市長は黙って起き上がり、部屋の隅にあったスイッチを押す。当たり前だが
部屋が明るくなって、
「電灯のためのスイッチじゃないのか?」
からかうように尋ねながらエミリオが市長を見ると、市長は苦笑して、
「この部屋全体がエレベーターなのだよ」
額の汗を懐から出したハンカチで拭いながら答えた。
エミリオとアリスンが思わず顔を見合わせると、
「お嬢さん、えらいことに巻き込まれましたな」
少し余裕の出てきたらしい市長が話しかけてくる。
「そちらの若者の人質にされるとは」
「いえ、私は人質では」
アリスンが言い掛けると、それを制して
「黙れ」
エミリオが市長を睨みつける。途端に市長は口をつぐんだ。
やがて、エレベーター特有の不快な浮遊感が襲ってきたかと思うと、今までドアが付いていた場所に
巨大な金庫の姿が現れ始める。
「これが…この中だってのか?」
エミリオは信じられない思いでそれを眺め、呟いた。
(オレは、こんなものを作ることが出来るようになるのか)
「お祖父様。この構造、分かりますか?」
アリスンに尋ねられて、エミリオは金庫へ近づく。高度な技術の末に編み出された複雑な
操作パネルが、ちょうどエミリオの腹の高さに出現しており、
(これは)
再び驚いて、彼はマジマジとそれを見つめた。
「お祖父様?」
アリスンが、再度呼びかける。エミリオはそのパネルを見つめたまま、
「分かるよ、アリスン」
呟くように言って、
「こいつは、部品があったらいつか絶対に作るって思ってたコンピューターだ。だから」
早速その両手を伸ばした。彼らの背後で市長が呆気に取られた風にその様子を見つめている。
(For Real History…)
最後にペンダントへ刻まれていた文字を入力すると、重そうな金庫の扉が音もなく手前に開き始めた。
「き、君は、一体」
市長の呟きを無視し、エミリオとアリスンは待ちきれずに金庫の中を覗く。
白い煙が彼らの足元へフワフワと流れていって、中には何十ものケースに収まった小さな茶色い瓶が
林立していた。
「やりましたね、お祖父様!」
アリスンが、尊敬と喜びをこめて叫ぶ。
「ああ」
(これで、敦也も助かるはずだ)
エミリオは恐る恐る手を伸ばし、そのうちの一つのケースを取り出した。
「これ、もらっていく。いい?」
尋ねると、
「もちろん。だってそれ、もともとお祖父様のものじゃないですか」
アリスンは微笑んで頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて。もう一本もらっておこう」
エミリオは言って、アンプルをもう一本、他のケースの中から取り出し、スボンの尻ポケットへ
無造作に突っ込んだ。
「そんな所に入れて大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫大丈夫。結構丈夫なんだよ、コイツ。弾力性もあるしね」
見つめて笑みを交し合ってから、
「でも、どうやって五十年前に戻るんです? 普通なら、タイムマシンにはこの三階から乗れますが」
アリスンは言って、ちらりと市長を見る。すると怯えながら二人の会話を聞いていた市長は、
そこでびくりと肩を震わせた。
「そこへ行かなくても大丈夫だと思う」
「どうして?」
首をかしげるのが癖らしいと思わず微笑しながら、彼女の頭へ軽く片手を乗せた後、
エミリオは市長がしたように部屋のスイッチを押した。かすかに振動が起こり、上へ運ばれていくのが分かる。
「もう一度大学へ戻る。なるべく面倒は避けたいし、きっとそこにオレの研究室はある…タイムマシンだって
残ってるはずだから」
「本当に…君らは一体何者なんだね」
そこで、とうとうたまりかねたように市長が叫ぶ。
「元大統領にしか分からんはずの暗号を、こうも容易く解除してしまえるなんて」
「その質問に答える前に、やってもらいたいことがあるんだが」
「な、何かな?」
そして再び金庫は消え、代わりに扉が姿を現す。エミリオはその扉近くの電話を手にとって、
「部屋の外にいる警官を追っ払え」
市長に押し付けながら言った。
「…分かった」
市長は素直に言って、震える手でそれを受け取り、内線電話をかけ始める。
それを見ながら、
「すっかり悪者ですね」
アリスンはエミリオへ囁いて、クスリと笑った。
エミリオもそれへ苦笑で返す。しばらくして市長が受話器を元通りにし、彼らへ向き直って、
「警官たちにはテレビ用のパフォーマンスだったと伝えて納得させた。これで君たちはいつでも
市庁舎から安全に出て行けるよ」
「そいつはどうも」
エミリオは彼に薄く笑いかけ、アリスンを促して部屋を出て行こうとする。すると、
「待ってくれ!」
市長がその背中へ呼びかけた。
「君は何者だ! こちらの要求にも答えてくれたっていいだろう」
アリスンが「どうする?」というようにエミリオの顔を覗きこむ。
「…アンタ、もう少し威厳ってのを身につけたほうがいいんじゃないか?」
エミリオは思わずクスリと笑って市長を振り向き、
「エミリオ・クーパーだよ」
言い捨てて、その部屋から立ち去ったのである。


…続く。


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