LIMIT 4




「これを!」
片手でハンドルを握りながら、アリスンがボックスから銃を出し、エミリオへ手渡す。
「よし!」
エミリオは、見かけよりも重いその銃を受け取り、
「実際に撃ったことはないけど、狙えば当たるだろ!」
アリスンの苦笑をさらっとかわして、助手席の窓から顔を少し出した。
 途端に、後ろにぴたりとくっついていた二台の白い車の窓から、かわるがわる銃を
撃ってくるのが見えて、
「わ!」
こちらへ向かってくる弾の二つ三つが、エミリオの髪をかすめて通り過ぎていく。
(タイヤ…タイヤを狙えば!)
 弾を避けるために激しく左右へ動く車の中で、必死にバランスを取りながら、
エミリオは狙いを定めて銃を撃った。
すると、道路の真ん中で大きな爆音が響いて、
「やりましたね!」
「ああ!」
どうやら弾は、奇跡的に正確に飛んで、例の二台の車のうち、一台のタイヤを射抜いたようだ。
たちまちぶつかりあう車たちは、互いに互いの道をふさいで、さらに大きな衝突音を
上げる。
「さすがですね、お祖父様! 初めて銃を扱ったとはとても思えません」
アリスンが、バックミラーを見つめつつ、興奮して叫ぶ。
「研究ばかりしている私の周りの男の人とは全然違います」
「はは。俺だって驚いてるよ」
(お祖父様、か)
エミリオは『孫娘』の言葉に苦笑しつつ、
「ところで、今の奴らって、ひょっとして」
「ご明察。デイブといつも『つるんでる』仲間です。仕返しのつもりだったんでしょうけどね」
そこでようやくアリスンは車のスピードを落とした。茶目っ気たっぷりにウインクをして、
「銃の名手だったお祖父様がいたんで、計算が狂ったってわけです。あとは警察が
いいようにするでしょう」
「逮捕するにはちょうどいい口実ってわけか?」
「その通り」
「ところで」
エミリオはそこで車備え付けの時計を見て、思わずため息をつきながら
「大学は? さっきので変に時間を食った」
「逆、逆。さっきので追い上げられて、変にスピードが出たから、いつもの出勤時刻よりずっと早く
着きましたよ。ほら、この交差点を曲がればすぐです」
「本当だ」
そこだけは変わらない大学の校舎が、朝もやの中にゆっくりと姿を現す。車の時刻は
(午前七時…あと十一時間)
一旦、正門のところで車を降りたアリスンが、守衛と話をつけて戻ってきた。
「お祖父様の研究室は、大学の本校舎から少し離れたところにあるんです。ほら」
そして、そちらのほうへ顔を振り向けることでその場所を示す。そちらを見ると、なるほど、
少々古ぼけてはいるが、忘れもしないあの建物がエミリオの視界に飛び込んでくる。
(敦也の研究室、だよな。やっぱり)
では、中にいるとするなら、そしてこの建物の最高管理責任者は、やはり紛れもなく年を取った
エミリオ自身なのだ。
「降りてください。鍵を開けますから」
アリスンが声をかけられるまま、呆然と頷き返して車を降り、
(オレは、敦也の研究室をそのまま自分のものにしたのか…なんてこった)
エミリオはまだ信じられない思いで目の前の建物を見上げていた。
「お祖父様?」
その声にふと我に返ると、アリスンが自分にではなく、扉のインターホンへ向かって話しかけている。
が、
「…ただ今、市庁舎の出張中…御用の方はこのままボイスレコーダーへ…」
聞こえてくるのは、留守を告げる無機質な音声ばかり。
「何しに行ってんだ、そんなとこへ…ああ」
思わずエミリオが毒づきかけて、
「『オレ』に文句言っても仕方ないな」
ため息を着くと、アリスンが思わず吹き出しながら、
「大丈夫ですよ、お祖父様」
扉についているオートロックへ向かい、数字のボタンを押している。
「この研究所にあるのは間違いないんですから、ね? アンプルだけでも差し上げます。ちょっと
待っていてください」
恐らく暗証番号のようなものだろう。白い指が慣れた手つきでボタンを押すと、鋼鉄製らしい
重そうな扉が音もなくスッと開く。
開いた扉をそのままに、中へ入っていくアリスンを見て、いぶかしそうな顔をするエミリオへ、
「これは、開いたままで大丈夫です」
「ふうん?」
アリスンが説明すると、彼は不得要領顔ながら頷く。
廊下は、しんと静まりかえっていた。
(オレの時代よりも、きっと警備面だって進歩しているはずなんだけどな)
きょろきょろと辺りを見回すと、自分の時代と比べていやに簡素なセキュリティ・システムが
そこかしこにあることはあるのだが、あの、うんざりするほどの数の扉も無い。
指紋照合のための装置もなければ、消毒、滅菌のための分厚い扉も無論ない。
(簡単すぎる)
思わず眉をしかめたエミリオへ、アリスンが振り返って、
「お祖父様がね、普通の人には分からないようにって、セキュリティ・システムを隠したんです」
「隠した?」
「はい」
アリスンは頷いて、クスクス笑う。静か過ぎる廊下に、彼らの足音と話し声だけがいやに響いて
(変に耳につくよな。居心地が悪い)
猫のように肩をすくめ、エミリオはぶるぶると頭を振った。
「隠したって、どうやって? なんでだ」
「アンプルの開発と大量生産。成功してから、毎日のように企業泥棒が侵入してくるんですよね。
今だって、ハッカーがネットを通じて資料を盗もうとするし…だもので、お祖父様がうんざりして、
持ち前の工学力を活かして考えたんです。いかにも守っている、っていう風なシステムじゃなくて、
何も無さそうだから、っていう風に油断させようって。私とお父様にだけ、解除の暗号が
伝えられているんですけどね」
「やれやれ、オレの考えることは物騒だね」
「もう、また」
アリスンは、再びクスクス笑った。それきり黙って歩き続ける彼らの前に、やがて大きな扉が
現れて、
「ここがそうです」
アリスンは言うなり、入口と同じようなナンバーつきオートロックへ向かう。
(ああ、ここは。つい七時間前のことなのに)
その扉を見つめながら、エミリオは自分の時代のイメージを重ね合わせていた。
彼にとってはわずかな時間。だが、色あせた壁は確かに半世紀の歳月を忍ばせて、
「解除不能」
しかし、思いにふける暇をそれは与えてくれなかった。玄関の扉と同じような無機質な声が
そう告げて、エミリオは思わずアリスンの手元を見つめた。
「そんな、どうして?」
アリスンもまた、慌てて暗証キーを押しなおしている。だが、
「解除不能」
何度やっても答えは同じだった。
「くそっ!」
業を煮やして、エミリオは力任せにその扉を叩く。すると、
「侵入者アリ。セキュリティ・システム、オン」
その声は、むしろ淡々とそう告げて、
「何?」
「うそっ!」
エミリオとアリスンは、思わず互いの顔を見詰め合う。次の瞬間、手に手を取って
玄関へと駆け出していた。
たちまち、彼らの後を追いかけて、まるで楽しんでいるかのように、壁に隠されていた
レーザー・ガンが光線を放ってくる。
「どこから撃ってきてるんだ!」
「分かりません! このシステムの構造は、お祖父様しか…」
慌てふためいて怒鳴る二人へ、容赦なく光線は狙い撃ちされる。足元や壁に焦げた跡が
次々について、静まり返っていたはずの廊下はたちまち修羅場と化した。
「ともかく、早く出ましょう」
アリスンの言葉に頷いて、エミリオは一層足を速める。
「あ、ドアが!」
ようやく見えてきた出口は、開いていた扉を自動的に閉じようとしている。
「頭から突っ込め、アリスン!」
「はい!」」
そして、まさに扉が閉ざされようとした瞬間、二人は外の石畳の上へ転がり出ていた。
頭の側で、扉が閉まる音が重々しく響く。
「間一髪だったな。もう少しで蜂の巣になるとこだ」
その閉じた扉を支えにして、エミリオはよろよろと立ち上がりながら言った。アリスンは
我が胸を右手で押さえながら頷いている。
幸い、二人ともどこにも大した怪我は無いらしい。その肩の上下が静まるのを待って、
「君を疑ってるわけじゃないんだが」
エミリオは乾いた唇を湿らせながら言った。
「どうして、こんなにタイミングよく邪魔が入るんだろうか」
「分かりません、そんなこと」
焦りも加わって、イライラ混じりの口調になったエミリオを見て、アリスンは泣きそうな顔を
伏せ、
「私に分かったのは、お祖父様が暗証番号を変えてしまって、孫の私でさえも研究室に
入れないようにした…ただそれだけです」
「…そうだよな。ごめんな」
自己嫌悪に陥りながら、エミリオは『孫娘』への謝罪の言葉を口にして、
「くそっ!」
閉じた扉を握り拳で思い切り叩く。
「お祖父様」
その音で、何かを思い出したような様子でアリスンが顔を上げて叫んだ。
「市庁舎に行きましょう!」
「市庁舎へ? でも、それはマズいんじゃないのかな」
「どうしてです」
アリスンは不満げに鼻を鳴らす。エミリオは難しい顔のまま、
「ひょっとしたら、そこにもオレはいないかもしれない。だってインターホンが流してただけだからね。
それよりも、オレに…いや、この時代のオレに、一番近い人間に当たってみたほうが早いかもしれない。
その人になら、君のお父さんや君と同じように、オレはアンプルについて何か言ってるかもしれない」
「なるほど。確かにその通りです」
するとアリスンは機嫌を直したように、車へ戻っていく。エミリオもそれへ従いながら、
「心当たりがある?」
「はい。お祖母様に会いに行きましょう」
「え?」
エミリオは、驚いてアリスンの顔を見る。そんな彼に、
「お祖母様は、お祖父様が一番愛している人です。何か言っていないどころじゃありません。
研究の愚痴だって、大統領になってからだって、なんだってお祖母様に言うんですから」
「なるほど、ベタ惚れってわけだ」
「確かに」
アリスンは、照れたようなエミリオの言葉に微笑った。
「じゃあ、君のお祖母さんに会いに行こう。どこに?」
「市庁舎から三十分。ここからなら四十分程度っていうところでしょうか。でもまだ通勤時刻前ですし、
きっとすぐに着けると思いますよ?」
言いながら、彼女は車のエンジンキーを乱暴に回す。そんな運転技術を微笑ましい思いで見つめながら、
「で、君のお祖母さん…ああ、オレの将来の奥さんは何て名前?」
冗談めかしてエミリオは尋ねたのだが、
「メリルです。メリル・クーパー」
返ってきた言葉に、その表情はたちまち凍りつく。
「恋人だった敦也さんが亡くなって、落ち込んでいたのをお祖父様が慰めて、それで…らしいですよ?」
笑いながら言う『孫娘』の言葉に、しかしもうエミリオは笑顔を返すことが出来なかった。



…続く。


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