YOU BECAME SO…2 その4



5:明かされる真実・再び


(芙美も今日、やっぱりバイトだったよな)
カメラさんに言われるまま、色んなポーズをとりながら、撮影中だっていうのに
また俺は、芙美のことを考えてた。
(そろそろ俺の好きなコーヒー、スタジオに差し入れてきてくれるはずだ)
俺の幼馴染がバイトしてる、って何気なしに言ったことで、最近は皆があのサテンのメニューの
出前を頼むようになった。だから芙美だってちょくちょくスタジオへ顔を出すわけで、
だから俺も撮影にメリハリが出るっていうか…。
(休憩時間が楽しみだな…じゃなくて)
思わず顔をほころばせかけて、慌てて俺は顔を引き締めた。
今はそれどこじゃねえってば、仕事仕事。
「はい、涼ちゃん、そこでわーっと髪の毛、両手で掻き毟る感じで!」
「はい」
カメラさんの声がかかって、やっぱり言われるままにそんなポーズをとると、
(あ、まただ)
やっぱり髪の毛が余計に抜ける気がする。
俺、本当にこれから、どうなってしまうんだろう…。
「はい、ここで一旦休憩! お疲れ〜」
そんな俺の密かな悩みをよそに、今日も着々と撮影は進んでく。
(ガッコでの俺しか知らない奴らは、ここでの俺を見たら笑うだろうな)
なんて、いつものように思いながらふとため息を着いたら、
 「失礼しまーす! 空いたお皿、下げさせていただきますね」
芙美の元気な声がスタジオに響いた。
それだけで、スタッフの空気まで和むのが分かる。
「おや、いらっしゃい! いつも元気だねえ」
「はい、それだけが取り柄ですから」
とかなんとかスタッフの人たちとも話をしながら、アイツはにこにこして俺のそばに
やってくる。
「涼くん。はい、コーヒー。あれ?」
「ん? どうしたよ」
そしたら、芙美はコーヒーを差し出してくれながら、小鳥みたいに首をかしげて、
「抜け毛、止まった?」
「……あのな」
またいきなりのカウンターパンチだ。思わず顔を引きつらせた俺に、
「悩まない悩まない。私がずっと側にいてあげるからさ。ちゃんとシャンプーして、
いつも心を明るくしてれば抜け毛なんて止まっちゃうって!」
(…頼むから、もう少し小さな声でしゃべってくれよ)
俺は内心、ため息をついていた。やっぱり芙美にはあまり強く出られないし、
そんなこと言ったらコイツが泣きそうな気がするから…って、これがいわゆる
『惚れた弱み』ってやつか?
「別に俺は」
湯気の立つコーヒーカップ片手に言い掛けたら、
「何、涼ちゃん、抜け毛で悩んでんの?」
照明さんがやってきて尋ねた。…もうどうとでもしてくれ。
「そうなんですよねえ」
ため息を隠せない俺の代わりに芙美が答える。
(頼む、黙っててくれ)
俺の心の願いは届かず、芙美はさらに、
「あんまり悩んじゃだめだよ、って言ってるんですけど、涼くんってば人知れず
悩みを抱えちゃうタチだから」
そんな風に言い募る。
その言葉に、照明さんの肩が大きく揺れた。どうやら笑いたいのを必死で堪えているらしい。
「…あのね涼ちゃん」
ようやく笑いを堪えられたようだ。照明さんはムッとしてる俺に向き直って、また
吹き出しそうになってるのを堪えてるような顔で、
「君くらいの年齢で、君くらいの長さなら、髪の毛はたくさん抜けるように見えるもんなんだよ」
「ええー、そうなんですか?」
そしたら芙美が驚いたように答えてる。
(いや、そこは俺が驚くトコだし)
っていう内心の突っ込みは、やっぱり…口には出来なかった。
「そうだよ」
照明さんは言って、俺の肩をビシバシ叩いた。
「まあまあ、あんまり気にしすぎないことだよ。髪の毛なんて涼ちゃんくらいの年だったら
すぐに生え変わるもんなんだからさ。お、失礼!」
そして腕時計を見て、慌しく次の撮影の準備を始め出す。
「そっかー。言われてみればそうかもねえ」
照明さんの背中を見ながら、芙美は納得したように頷いて、
「私も髪の毛を梳かすとき、ブラシに一杯毛がついたりするもんね。それと一緒なのかな」
…ほんっとコイツ、表情と言うことはコロコロ変わるよな。
(でも俺、コイツのこういうとこも好きだし気に入ってるし…)
って、考えてようやく気付いた。
(もしかして芙美そのものが俺のストレスだったのか?)
「じゃあね、私もこれからまだ仕事だけど、涼くん、終わったら来てね! 一緒に帰ろうよ」
「ああ。もちろん行くさ」
エプロン姿で微笑いながら、トレイを抱えて出て行く芙美へ手を振って、
(それでもいい)
だけどほんわかしたような気分で俺は思う。
これからまた、仕事とかガッコとかで色々あるだろうけど、芙美の笑顔を思い
浮かべてるだけできっと乗り切れる。
(それに、芙美に振り回されるのも、楽しいかもしれない)
そう思ったら、知らず知らずのうちに笑ってた。
「涼ちゃん、いい表情するねえ! グッドよグッド!」
「はい!」
ほら、今だってこんな風に、アイツがいつだって俺の側にいるって思ったら、
撮影も順調に進む。
それやこれやで仕事は予定より30分も早く終わって、
(さて、芙美を迎えに行こうか)
「お疲れ様でした!」
「お疲れ! またね」
スタッフの人たちへもそう言って頭を下げて、俺は芙美のバイト先へ駆け足で
向かった。


「おや涼ちゃん、早いねえ。今日はもう上がりかい」
「ええ、まあ」
「芙美ちゃんかい? ほら、今日も友達が来ててねえ。そっちの相手、してもらってるよ。
…何か飲んでくかい?」
「じゃあいつものヤツ、お願いします」
「はいはい」
喫茶店はこの時間帯、芙美がバイトに入ってから徐々に男で混み合うようになった。
(鬱陶しいよな)
前はこんな風じゃなくて、もう少し落ち着いた風のサテンで、俺はそれが気に入ってて…
「はい、お待たせ!」
「ありがとうございます」
カウンター席に腰掛けてぼんやりしながら、マスターが淹れてくれたコーヒーへ
なんとなく口をつけて、
(芙美だ)
奥の席を見たら、さっきのエプロンが映った。芙美が、相田と楽しそうに話してる。
(またか、あいつら…)
俺の脳裏に、二ヶ月前の光景が浮かんだ。あいつらがつるんでるときは、 大抵
ろくでもないことばかりを俺の芙美に吹きこんでるってことだから、
(何を話してるんだ)
俺はこっそり聞き耳を立てた。
「で、で、どうだったの? 例のヤツ」
相田の声が聞こえてくる。
「もう、マコちんったら、涼くんに悪いよ」
ちっとも悪そうには思っていない声で、芙美が答えてる。
…今度は何だってんだよ。
「うーん、そだねえ」
芙美の声が続けて、
「抜けてるねえ、やっぱり。ストレスとも何らかの関係があるみたい」
「じゃさ、じゃさ。ウチのオヤジもやっぱあれかな、ストレスも原因の一つになってるのかな」
相田のオヤジも、どうやら苦労しているらしい。俺は思わず会った事もない相田のオヤジさんに
同情してしまった。
「鈴木君はどうなの?」
今度は芙美が逆に相田に尋ねた。
「んー、鈴木くんはねえ。めったやたらに頭をガリガリやるクセがあるからねえ。
今のところは何ともないみたいだけど、そろそろ前が危ないかも、なんて心配してる。
試合前になったら特にそうだよ」
「あー、やっぱりそうなんだ」
あははは、と、笑い声になった。女ばかりで、さぞかし黒い笑みを浮かべてるんだろうな。
見るに耐えなくてそこから背中を向けて、それでもカウンター席で聞き耳を立ててたら、
「だからさ、アンタ、やっぱ薬学部に入るべきだよ」
再び相田の声がした。
「そんでもって、ウチのオヤジにハゲ薬、作ってちょうだいよ。時代は変わってもさ、
ニーズが変わらないのはハゲと水虫の薬だよ!」
そこで大爆笑になった。
つまり、そういうわけだ。あいつらは、それぞれの付き合ってるヤツらを実験台にしてたと。
そういうわけだったんだ。
「私、あんまりサボってても悪いから、そろそろ戻るね」
ばいばい、なんて声がして、芙美がカウンターへ戻ってきた。
「あ、涼くん。来てくれたんだ! 早いねえ」
俺の姿を見て、嬉しそうな声を上げる。同時に奥の席で、どたっ、なんてて何かが落ちる音がした。
「ああ…つい今、来たとこなんだけどな」
(お前、大したヤツだよ)
その、ケロリとした顔を見上げながら、俺は怒るよりも笑い出したい気分になって、
目の前の芙美の頭をクシャクシャにした。
「ああ、芙美ちゃん。ご苦労さん。もうあがっていいよ」
マスターが気を遣って言ってくれるのへ、
「はぁい、じゃあお言葉に甘えて。涼くん、ちょっと待っててね」
芙美は元気に返事をして、俺にウインクを一つする。
「ああ」
俺達の横を、こそこそと相田が去っていく…腰をさすりながら。
帰り道、芙美と手をつなぎながら、俺、思った。
(コイツがいるから俺、これからも変われるんだろうな)
って。…いい意味でも悪い意味でも。
見上げた空に、まんまるな月が冴えていた…。


 
FIN〜


後書き:ハゲにデブ。どちらも男性には避けて通れない道です(…いや、違う人もいますが)。
そこらへんの苦悩を、昔私のオヤジさんが実際に体験したことを元にやってみました。
ええ、無料増毛キャンペーンなんてあれはウソですから。
ためしに500本、なんて言ってたってそこは商売。なんだかんだで「もうちょっとご予算が
あれば1000本とか」なんて言ってくるんですって。
オヤジさん、ぷりぷりしながら帰ってきて、またそれが家族の爆笑ネタに…。
お付き合いくださいまして、ありがとうございました! また何かの機会に、
この二人は出てくるかもしれません。その時にはまたよろしくお願いします。

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