YOU BECAME SO…2 その2
2:知られたくない行動
夕べ。あれから大事に持って帰ってきた育毛剤を、俺はフロ場に置いた。
だって、説明書にもあったけど、フロ上りに実行すると効果が出るのが早いんだろうと思ったから、
俺もやっぱりフロ上がりにしようと考えたし。
親父たちがいなくて幸いだ。俺はフロに入る前にもう一度、とっくりとそれのラベルにある説明書きへ目を通す。
『…原液を20倍に希釈したものを備え付けのブラシにつけて、軽く頭皮を叩いてください…』
これって、もしかすると原液のまま使ったらもっと効果が出るの、早いんじゃないか?
「…げっくし!」
こらえようとしたら、へんなクシャミが出た。早くフロに入って試してみよう。
そしてそれから一昼夜が経って、
「涼くん、聞いたよ!」
部活の打ち合わせで遅れるから、先に食っていろ、なんて言って芙美が俺に
押し付けた弁当をガッコの中庭で食い終える頃、駆け寄ってきたコイツが言ったのは
「育毛剤買ったんだって? 鈴鹿君が言ってた」
「……」
俺は思わず動揺して、箸を取り落としてしまった。
「悪事千里を走る」っていうか、そんな「悪いこと」をしていないつもりだけど、
なんだかすげえ後ろめたい気持ちがするのは何故だろう。
「誰から聞いた?」
「鈴木君からマコちんにいって、そんでもってマコちんが私に話してくれたんだよ」
「…そうか」
芙美に内緒で行動、っていうのはなかなか出来ないもんなんだな…。
なんだか頭のてっぺんがひりひりするから、無意識にそこを片手で抑えて、俺はしかめっ面をした。
まあその感じは、俺が寝ようと思ってベッドに入った頃から続いてるんだけど、
(刺激、強すぎるのかな…あの育毛剤)
っていうか、やっぱり原液のまま使ったのはまずかったかもしれない。
今朝だって芙美を迎えに行くとき、体がなんだかだるかったし。
微妙なひりひり感が続いて一晩中眠れなくて、教室の席に付いた途端、寝てた…昼休みまでずっと。
そして昼休み。ようやく少しすっきりした体を引きずって、メシ食った後で寝ようかと思ってここに来たわけだ。
「ねえ、なんで育毛剤なんて買ったの?」
体を起こした俺の側で、こいつはキョトンとした顔で言う。本当に悪気は無いんだろうけれど、
なんだか監視されてる気分だ。
だけど「お前が気になるようなこと言うからだ」、とは言えなくて、
「親父にな」
と、一言…。
「そっかー、修学旅行の時も涼くん、お父さんにってヒヨコ饅頭買ってたもんねえ。今回もシブイ買い物だね」
「…まあな」
「うちのお父さんもさ、35を過ぎた頃からてっぺんがヤバいって大騒ぎしてたよー。アハハ!
マコちんのお父さんもだって!」
お父さんって、悩み事が多いんだねえ、なんてこいつは笑う。
(お前の親父さんの場合は、原因が分かるような気がする)
芙美の話を聞きながら考えたことは、もちろん口には出せない。
「でもさあ」
こいつはふと、真顔に戻って言う。
「涼くんのお父さんってハゲてなかったんじゃない? 滅多に会わないから覚えは薄いけど」
(まずい。何か言わないと)
滅多に会わない癖に、なんだってそんなことばかり覚えてるんだ。
内心焦りまくって言葉を探していたら、
「あ、そうか!」
こいつは思い当たったように両手を打ち合わせた。
(ひえ!)
俺、心臓が口から出たかもしれない…マジに。
「涼くんのお父さんは、前からハゲるタイプなんだねえ? だからぱっと見は分かんないんだ」
「…ご名答」
「あ、やっぱりー?」
こいつの笑顔はやっぱりまぶしい。…許せ、親父。
(俺、てっぺんハゲだってこいつにバレたら)
考えるだけでも恐ろしい。
俺に向けられる芙美の笑顔がなくなると思ったら、耐えられない…だってそんなにも芙美が好きだから。
「でもさー、あんまり強力な育毛剤を使ってると、反ってよくないっていうよね? マコちんのお父さんも、
なんだか副作用で余計にそうなったんじゃないかってマコちん、言ってたよー。キャハハハ!」
それからも他愛のない話(?)を続ける芙美を見ながら、俺はいつの間にか眠っていた…。
そしてあっという間に下校時間になった。
「今日さ、お母さんが寄ってって晩御飯食べていけって」って言う芙美と、久しぶりに一緒に帰る。
「でさ、でさ、鈴木君のお父さんもねー、頭のことで悩んでるんだって」
それ、昨日本人から聞いた。
(ハゲネタはもういいって)
内心のため息を押し隠して、商店街の電気屋を何の気なしに見た俺は、思わず立ち止まってた。
『ただいま増毛キャンペーン中! アナタの頭髪変わります。専門家が頭皮タイプを詳しく…』
ディスプレイされていた、つけっぱなしになってるテレビの中で流れてるCMが、そんな風に言ってる。
「あれ、涼くんってば、どうしたの?」
そこでいきなり、俺の前に芙美が回りこんできた。コイツの顔が目の前にドアップになって、
俺は今度は別の意味で頭の中に血が逆流しそうになる。
「あー、涼くんってばこのアーティスト、好きなんだー」
ありがたいことに、CMはこいつが気づく前に切り替わって、なんだか分からない歌い手のナルシスト振りを映し出してる。
再び歩き出しながら、
「あのね、でもね、あの人ってばあんまり声量が…」
やっと話題が切り替わった。
(◎◎◎ー××××…◎◎◎ー××××…◎◎◎ー××××…)
一人でしゃべってる芙美へ、微笑みながら相槌を打ちながら、俺はさっきの増毛CMの会社の電話番号を
心の中で繰り返す。
(家に帰ってから電話してみよう)
固い決心をしていると、
「ほらほら、涼くん。早く入ってごはん食べよ!」
その声に我に返った。もう芙美の家の前だ。
芙美は玄関の扉を開けて、俺を手招きしている。
「ああ…悪ぃな、いつも」
少しだけ微笑みながら、俺もそっちへと走っていった。
勝手知ったるなんとやら、
「よ、涼ニイ!」
「ああ」
芙美の弟の徹が、
「後で宿題、手伝ってくれよ! なっ?」
なんて言うのへ苦笑しながら頷いて、ダイニングへのっそり足を踏み入れたら
「えー、お父さん、また遅くなるんだ?」
「そうなのよ」
オフクロさんと芙美の声が台所でする。
「ほらほら、兄ちゃん、入りなよ。遠慮すんなって。他人じゃないんだからさぁ!」
「あ、ああ」
親父さんも、仕事で大変なんだ、なんて思いながら、徹に袖を引っ張られるまま中へ入ったら、
「あら涼君! 座って座って! 遠慮しないで、ほらほらっ!」
芙美そっくりな顔をしてニコニコ笑うオフクロさんも同じようなことを言う。
それから、全員で「いただきます」なんて言って…。昔からこうやって、ちょくちょく
芙美ん家でメシをご馳走になってるから、俺自身もそれをごく自然に受け止めて、
「ちゃんと食べなきゃだめよ?」
お袋さんは、こいつそっくりな顔をして、またにこにこ笑いながら言うのへ、
「はい…美味いです、これ」
微笑を自然に口元に浮かべて、俺も答えを返すのが当たり前になっていた。
オフクロさんが作るメシは、芙美のよりはカロリーが控えめだけど、その分、量が多い。
(もう食べ過ぎないぞ)
なんて、誓いながら、
(◎◎◎ー××××…◎◎◎ー××××…◎◎◎ー××××…)
増毛会社の電話番号を繰り返し繰り返し心の中で唱えてたら、
「どしたの、涼くんってばさ」
俺の向かい側に座った芙美が、心配そうに俺を見ていた。
「なんだかいつもに増してぼーっとしてるよ。ほら、今テーブルに髪の毛落ちたし」
……視力いいな、お前。
「なんだか惚けたみたいな顔しちゃってさ、ほんと悩み事かなんかあるんじゃないの?」
ほっぺたに飯粒をくっつけたまま、芙美は小首を傾げる。
思わず、
(可愛い)
「別に…いつものことだって。熱も無いよ」
なんて思いかけて、慌てて俺がそう言うと、
「そうかなあ。具合が悪いんなら、ちゃんと言ってよ?」
なんて言って、芙美は再び茶碗の残りをかっこみはじめた。
(こいつには知られたくない…絶対)
それ以上詮索されるのは嫌だから、俺も芙美の真似をして何でもない風にメシをかっこむ。
(…でも)
ふと手を止めると、ついため息が出る。
隠し事をしながら生きていくってのがこんなに辛いなんて思いもしなかった。抜け毛を止めるための
少しの間だけ(のつもり)なのに、どうしてこんな、後ろめたい気持ちにならなきゃいけないんだろう。
「ごちそうさん。ありがとうございました」
「いえいえ、いつでも来てね。コンビニ弁当ばかりじゃだめよ?」
「また手伝ってくれよな!」
「こら、徹!」
玄関先賑やかな応酬をした後、隣の自宅に帰りつつ、俺は少しだけほんわかしていた気分を
引き締めた。
早速電話だ。営業時間は過ぎていないだろうか。
「ええ? もう1度お名前をおっしゃってくださいませんか?」
電話の向こうで、応対の女が驚いた声を上げてる。
「…ですから、梁川涼介です」
…恥ずかしいから、何度も言わせないで欲しいんだけど。
「……失礼致しました。梁川涼介様ですね」
その沈黙は何だ。
(ひょっとして、ふざけてるとか思われてるんだろうか)
そんな俺の危惧をよそに、
「では、いつご来社下さいますか?」
「はあ、出来れば明日にでも」
「はい、では明日…お時間の方は」
「午後7時30分で」
「かしこまりました。それではお待ち申し上げております。ありがとうございました!」
…ぷつ、なんて音がして切れた電話と一緒に、張り詰めてた俺の神経も切れそうな気がした。
(これで本当に良かったんだろうか)
呆然としたまま部屋のベッドに膝を抱えて座り込んで…自分の行動がまだ信じられない。
たったの十七歳で抜け毛に悩んで、そのテの会社に電話、なんて。
(だって、やっぱりモデルだし…契約だってびっちり詰まってて、これから仕事を
取らないようにしてくれって頼んだところで全部の仕事が終わるのは半年先で…だから
やっぱりハゲってのはまずくて…)
考えて考えて、気がついたらベッドで横向きになって寝ていて、
(…眩しい)
辺りが変に明るい。もう翌日の昼過ぎになっていた。
うまい具合に今日は祝日で、おまけに芙美がバイトに出てる曜日だから、俺さえ
気をつければ芙美にバレる気遣いはない。
モデルの仕事を終えて夜、俺はその会社が入ってるビルの前で、しばらくたたずんでいた。
目の前の階段に向かって一歩、一歩を踏み出せばいい。そうすれば抜け毛の悩みから解放されるはずだ。
なのになぜ、こんなにも気恥ずかしいんだろう。なぜこんなにも躊躇してしまうんだろう。
…まあそれは、この雑居ビルの入り口に、なぜだか風俗店の看板が置いてあるせいもあるのかもしれないけど…。
(それにしたってでかい看板だな)
その、風俗嬢の全身看板は、178センチある俺よりさらに10センチほどでかい。
(もうちょっと考えてビルを選べよ)
まあそんなことはどうでもいい。そのまま突っ立っているのもやっぱり恥ずかしいし、何より
「あからさまにガキ」が、その看板の前に立ってるのを、ジロジロ見ながら通り過ぎて行く人たちの
目も気になる。気を取り直して俺はビルの奥にあるエレベーターに乗って、上を目指した。
…やっぱりちょっと階段は恥ずかしい。
(だけどひょっとしたら俺、変われるかもしれない)
そんな淡い期待を胸に抱いてドキドキしてる俺を、エレベーターはそのビルの五階にある
増毛会社のオフィスへと運んだのだった…。
to be continued…
MAINへ
☆TOPへ
|