RYOMA! 5



3 平成の志士

で、四条大橋を二人して見やること…何分くらいだったかな。
「あ、来た来た。ここだよ、サチコ!」
ケータイ片手に、こっちが座ってる川べりのほうをきょろきょろしてるわが友の姿を見つけて、
私は手を振った。
そしたらサチコのほうも私に気づいて、早速、
「おサナー!」
なんて言いながら、橋の脇の階段を下りてきたかと思うと、
「聞いてよー、アイツったら酷いんだからさ! で、ところでおタク、どこのどなた?
剣道選手かなんかでいらっしゃるとか? だけど服のセンスはいまいち」
私に飛びついて泣いたり、龍馬を見てそんな風に尋ねたり批評したり、なんともはや、お忙しいことで。
だけども、そんな彼女に対して、
「あのさ、この服は私の父のなの。だから仕方なくて」
って言っちゃう私も私だし、
「ああ、そうだったんだ。それはどうも失礼しました。ごめんなさい」
こんな風に返してくる彼女も彼女だと思う。
で、そんなサチコは、
「で? こちらどなた? ひょっとしておサナのカレですか?」
「あのねえ。アンタさ、カレが浮気してどーだこーだって言ってなかったっけ?」
ついさっきまで泣いてたことをケロッと忘れちゃいましたー、ってな風にのたまうんだから、
(強いなあ)
これが彼女だ、なんて私もつい微笑っちゃうわけだ。
「そんなのどうでもいいって。とにかく、今はさ、あのおサナにカレが出来た!ってことのほうが大事。で」
呆れ半分、微笑ましいのが半分、ってな風に思ってる私へきっぱり言って、
「はじめまして。私、おサナこと高梨早苗さんの親友です。よろしくお願いします」
龍馬へ向き直りながら挨拶するんだもんなぁ。
また龍馬も龍馬で、
「おお、やはり京のオナゴどんは、きっかいな格好をしちょるが礼儀は正しいのう。
俺は、坂本龍馬ちゅうがじゃ。土佐出身の田舎モンじゃが、よろしゅうに頼むきィ」
…なんとも正直に名乗ってくれちゃってもう! 出来ればここは彼の偽名であるところの才谷梅蔵(だっけ?)
とか、そこらへんを名乗ってほしかったんだけどもさぁ、
(あー、そりゃもっと後の話だわ。おまけにここは時代が違うから、偽名を使う必要も無いわなぁ)
思い出して、私はゲッソリしていた。案の定、
「ああ、はいはい、坂本龍馬さん。土佐ってことは、高知県出身の坂本さんね…はい?」
サチコはサチコで、一旦は納得したけども、やっぱり目を丸くしてるし。
そこで私も慌てて、
「坂本さん、そうそう、坂本さんなんだ。えっと、父の知り合いで、昨日京都に来て、そんでもって
私が京都案内をしてて、っていうわけで」
二人の間に割って入った…んだけども…嘘は言ってないよね?
「なるほどー、そういうことかぁ」
そしたらサチコってば、何だかもっとニヤニヤして、私の耳にいきなり口を近づけたかと思うと、
「カオはいまいちだけど、見所ありそうじゃん。将来有望株だよこれ」
「…何言ってんの」
どうやら自分の失恋話はどこかへ吹っ飛んでしまったらしい。
そりゃまあ、近い未来に日本をひっくり返す人だから、有望っちゃ有望かもしれないけど…って!
(私までノセられてどうすんの!)
私はそこで思わず、私のほっぺたを両手でペチペチはたいてた。
龍馬は、本人も言ってるけど、いずれ彼の時代に帰る。帰らなきゃいけない人なんだ。
そんな私を尻目に、サチコったら未だに、
「というわけで、おサナのこと、よろしくお願いします! カオは見ての通りですけど、
すごくいいコなんで!」
とかなんとか言っちゃってぇ。
「…カオは余計だっつーのさ」
「はいはい、いいからいいから。ね? こういう顔も可愛いでしょ、坂本さん?」
「はは、そうじゃなぁ」
思わずむくれた私を見ながら、二人して笑わないで欲しい。
「で? アンタは失恋話を聞いて欲しかったんじゃなかったのっ?」
あ、いかん。ちょっとムッとしたもんだから、ついつっけんどんになっちゃった。
それはともかく、私がそう言ったら、
「そうそう、そうなのよー! アイツったらねえ、祇園のソープに」
「…分かった。分かったからちょっとストップ。川べりに移動、移動」
やっとこ、こっち側へ戻ってきたらしい。私たち、そういえばまだ階段の下にいたんだよね。
で、サチコを龍馬と二人で間に挟んで、川べりにもっかい腰を下ろして、
「で? カレは、アンタという彼女がいるにもかかわらず、ソープに行ったと」
変わらない鴨川の流れをぼけっと見つつ促したら、
「そうなんだ…アイツってば、はぁぁぁ」
何だか大きなため息を着いて、サチコは一気に表情を暗くした。途端、
「あー、ちくと尋ねたいんじゃがの」
それは災難だったね、なんて言いかけた私よりも先に、龍馬が口を挟む。
「ソープっちゅうのぁ、一体何じゃ」
「…」
そこで私とサチコ、二人して龍馬の顔を見たのは同時でも、抱いた思いは違ったに違いない。
「高知県にソープって無いの?」
「いやいやそうじゃないんだよ、サチコ。ちょっと説明するから。えーとね、龍馬」
んー…女性にそういった説明をさせますか…たはは。ここはでも、黙っていてもらうために
さわりだけでも説明しておかないと、でしょ。
きょとんとしているサチコに構わず、
「つまり、ソープというのはですね。龍馬のえー、時代で言うならですね、あー」
…どうしてこういった時に、ぴったりした言葉が出ないんだろう…。
「そうだ! 置屋! 置屋だよ、うんうん」
そうそう、これこれ!
「ああ、置屋か」
「そうそう、置屋置屋!」
サチコの目の前で、二人してつい人差し指の先をくっつけたりしちゃったんだけども。
「あのさ、二人とも。仲いいのは分かるけど、おっきい声で言わないでくれる?」
さすがのサチコも顔を引きつらせてしまったんであった、はっはっは。
「いやいや、すまん。じゃがなあ、サチコ、どん?」
「はい?」
ちろりと白い目を向けるサチコへ、龍馬はもじゃもじゃ頭をバリボリ掻きながら、
「男っちゅうんは、げにまっこと、しょうんない生きモンでの。心に決めたオナゴがおっても、
好奇心っちゅうんについ、負けてしまうんじゃ。あー、言うなれば、ほれ、『このオナゴん具合は
どうなんかいのう。また別かもしらん』とか思う、っちゅうか。まあ試してみりゃ、
オナゴどんっちゅうのは皆同じじゃ、ちゅうがが分かるんじゃが」
(ひえええええ)
この人ってば、なんつー「スケベ」なこと、言ってるんだろう。
つい聞いてしまって、私もサチコも唖然としてしまった。そりゃまあ、確かにそう、かもしれないし、
同じ男が言ってるってことで、ものすごくリアリティがある。
何より龍馬の顔を見たら、彼が至極真面目に話してるっていうのは分かるんだけども、
「じゃけえ、一回や二回は大目に見て、許しちゃっとうせ。その男がサチコどんに心底惚れゆうなら、
また戻ってきゆうがじゃ」
…言ってる内容も内容だし、それにこういうところはやっぱり、認識が江戸時代だ…。
(今は通用しないよ…)
「坂本さん」
ほら、やっぱりサチコの声は震えてる。こりゃかなーり怒ってるなあ、なんて思いながら
彼女の顔を見たら、
「ありがとう。すごく参考になります」
あれ? 怒ってないや。
「だけど、やっぱり私の性分としては、たとえそういう事情であってもちょっと…許せなかったりするんで、
今はまだ無理です」
「そうじゃな。その気持ちもよう分かる。じゃが、許せん、と思うちくれゆう間は、まだお前さんは
その男を好いちょう、いうことじゃきぃ、早々に結論を出さんとよう考えてやっとうせ」
「はい、ありがとうございました!」
…やれやれ。一時はどうなるかと思ったけど、これがホントの結果オーライってヤツ?
内心、ホッとしてたら、
「あ、メールだ…カレから」
サチコのケータイが鳴った。それへざっと目を通して、
「…ごめん、だって。もう一度話を聞いてください、って」
サチコは穏やかな顔で、呆れたみたいに微笑ってる。そんな彼女に、
「…行ってやっとうせ」
龍馬は、すごく優しい目をして微笑うんだ。
「はい! 本当にありがとうございました、坂本さん! それと、いつもありがとうね、おサナ」
「ううん。ほら、早く行きなよ」
「うん、じゃあ!」
そしてサチコは、振り返るたびに私たちへ手を振りながら、階段を駆け上ってく。
その姿が橋へ上がって、右手の建物の陰に消えて…、
「…ま、男っちゅうんは、まっことしょうんない生きモンじゃ、ちゅうことじゃ」
「ふふ、そうだねえ」
話し合いながら、私たちは顔を見合わせて笑ってた。だけど、
「あれ?」
気が付いたらもう夕暮れで、太陽は鴨川の下流のほうへ傾いている。その西日を受けて
橋を降りてくるあの巨体は、
(増田のおじさん?)
絶対に見間違わない父の知り合いで、そんでもってその後には何だか似たようなスーツを着た
人たちがわらわらと、でもって、
「…なんじゃ奴ら。こっちへ来ゆうが」
「…やっぱり?」
彼らが目指しているものは、どうやら私たちらしい。いや、正確には、
(私じゃなくて、龍馬だ!)
それがすぐにピンと来た。だから、
「逃げよう、龍馬!」
「承知!」
私たちはそのまま、川岸を上流に向かって走り出す。私たちが逃げたのを見て、その人たちも
増田さんをうっちゃらかして走ってくる。
…ま、歩くより転がったほうが早いみたいな体型じゃ、確かにこういう時には足手まといにしかならないけど。
って、今はそんな場合じゃない、走らなきゃいけない。
で、こっちも大学に入って本格的な体育の授業がなくなり幾星霜(ってほどじゃないけど)。
(やばい、若いはずなのに、もう息切れしてきた)
川べりを走ってたら、次第に足がもつれそうになってくる。これじゃ、私も増田のおじさんのこと言えない。
そしたら突然、
「サナさん、こっちじゃ」
「へ?」
ぐい、って腕を引っ張られる。気が付いたら私たちはボートの中で、
「…これ、どうしたの」
「無断拝借じゃ」
…側には貸しボート小屋がある。で、縄だか鎖だかで岸辺の杭につないであったそのうちの一隻を、
「向こう岸へ行くきぃ」
というわけで、龍馬は拝借したらしい。
幸い、すぐに渡ってこられるような橋も近くに無い。そしてよくよく見れば、左手の山のほうから
ぽつんと小さなバスの陰が近づいてくるのが見えて、
(刑事ドラマじゃないけど、ナイスタイミング!)
「龍馬、早く! バス停の近くにつけて! あのバスに乗るから!」
「承知した!」
私が言ったら、まさにすんばらしい水しぶきを上げてオールは漕がれた。
おかげでちょっと水に濡れたんだけれども、何とか対岸について、
「あ、悔しがってる」
「ハハ、ホンマじゃ」
土手を上がる時にふと振り向いたら、さっきの人たちってば、すごく悔しげにこっちを見てる。
近くのバス停にたどり着いた所で、バスはやってきた。そこでふと時間を見たら、
(なんだ、このバス、十五分遅れじゃん)
京都って、観光都市だからなのか、ちょくちょくこういうことがある。交通ダイヤが乱れるんだよね。
いつもは定時に来ないとイライラするんだけど、こういう時は思う…京都万歳。
バスに乗ったら、やっとこさっきの人たちも土手を上がってくる所で、なんとか逃げられたことは逃げられたけど、
(家…も、帰れないかな。どうしよう)
ちょっと私、途方にくれてしまった。私の家にも当然、あの人たちは来てるに違いない。
だってあの人たちが私たちを…というよりも、「調査対象としての」龍馬をここまで追って来られたのは、
きっと私の父が、何の考えも無く私たちの行く先をぺらっとしゃべったせいだからで、
(あのバカ父)
私は座席にもたれて、大きくため息を着いた。
誰だって、自分を研究対象になんてして欲しくない。そうなるって聞いて、気持ちいい人なんて
絶対にいない。だから、
(せめて、そうなる前に江戸時代に返してあげなきゃ…なんとかして、家に帰らなきゃ)
私は深く深く自分に誓ったんだ。
「のう、サナさん」
なのに龍馬ったら、何だかうきうきした声で、
「刺客に追われちょるみたいで、楽しいの」
「…追われてるみたい、じゃなくて追われてるんだよ、実際」
結構楽しそうで、良かったじゃないのさ。
「私ん家になんとかして帰らなきゃ。でないと龍馬も、江戸時代に帰れなくなっちゃうんだよ」
「ん〜…それは分かっちょる。分かっちょるんじゃがな」
私より年上なのに、まるで小さい子を諭してるみたい。私が言い聞かせていたら、
そこで龍馬はすっと真面目な、寂しそうな顔になって、
「あと一箇所だけ、連れてっちょくれ」
「…どこに?」
「ああ…うん」
バスは鴨川沿いを南へ向かって走ってる。私が聞いたら、ちょっとだけその窓の景色へ目をやってから、
「…俺の、死んだ場所に、じゃ」
龍馬は、見てるこっちが切なくなるくらいに寂しい目をして言ったのだ。
(あ、ヤバい)
こっちのほうが、なんだか泣きたくなってしまう。だもんで、ケータイが鳴ったのを幸い、
私はそれを取り出して画面を見た。
(あ、増田のおじさんだ!)
そこには、増田さんからの着信メールがあった。
(ウイルスとかじゃないのは確かなんだけれども)
こんな場合なのに馬鹿なことを考えつつ、恐る恐る開いてみたら、そこに書いてあったのは、
(私の家までの逃走ルート…近江屋、伊勢丹経由か…)
これから、増田さん含むあの怪しげな部隊(?)が辿るであろうルートと、
「そこを避けて家へ帰れ」っていう増田さんからのメッセージだった。



to be continued…


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