RYOMA! 4



「おおお! こりやあ、よう見えるがぜよ!」
「…うん、良かったね。良かったから騒がないで…」
で、眼鏡屋さんで眼鏡を「新調した」龍馬は、なんだかえらく感激して騒いでるわけだ。
それにしてもまあ、本当に目が悪かったんだなあ。眼鏡屋さんでも「左右の視力0.1です」
なーんて言われるくらいなんだから。
で、目が見えるようになって、いわゆる「やぶ睨み」で物を見ることがなくなった龍馬は、
「サナさん、ありゃ何じゃ。おなごどんが皆してあの、垂れ幕が下がっちょるところへ
入っていきよる」
「ああ、あれはね、プリクラだよ」
早速、「文明の利器」を見つけた…こういう時だけはホント、目ざといんだね。
「ぷりくら、ちゅうがか。一体なんじゃ。おお? 何やら光りゆう」
でも、その驚き方には、何ともいえない愛嬌がある。だもんで、
「入ってみる? 実際にやってみたほうが分かるよ」
ついつい私も、
(ニクめないよなぁ)
なんて考えちゃって、笑っちゃったりするわけだ。
「ほうぉん…こうなっちゅうがか」
「えっとね。要するにプリクラってのは、プリントクラブの略で、誰でも手軽に写真が撮れて、
その写真がすぐにシールになるって…ううむ」
垂れ下がってる幕の中に入って、(これなら分かる)なーんてとくとくと説明出来たのはいいんだけれど、
「…どういう妖術でそうなるんじゃ」
「…分かんない」
プリクラの仕組みさえ、私はハッキリと知らなかったんだ、ってこと、改めて思い知らされる結果になった。
前にある機械の液晶に、私たちの何だか途方にくれたような顔が映ってるんだけれども、
「でも、妖術じゃないよ。文明だよ。機械の力なんだ」
「ほお、こいつも機械か」
「そうそう、そうなんだよ。でね」
そうそう、機械の力。これで全部が解決するのだ!
「ここのところのカメラ、っていうんだけど、ここを見て、『はいニッコリ』するんだ」
「…ふむ」
「で、フラッシュが…あー、えー、強烈なエレキテルの光がえー、発せられまして、そんでもって
その瞬間の顔が写真に映し出されるから、目をなるべく閉じないで、えー」
「つまり、どがいな時でも目をひん剥いたままでおれ、っちゅうことか」
「…ま、そうかも」
ちょっと違う、かもしれないけれど、これ以上の説明は私には無理だ。
で、「3,2,1!」なーんていうアナウンスの音に合わせてフラッシュが焚かれたわけなんだけど、
「…ぷっ」
「…こりゃあ、ひどい顔じゃ。俺ぁ普段から、こがぁな顔しちょるんかの」
3分経ったらここから出てきます、って書いてある搬入口。待ちくたびれたみたいに私より早く
手を伸ばして、それを覗き込んだ龍馬は、ちょっと傷ついた顔で私を見る。
プリクラに映った龍馬の目は、普段のどんぐり眼の二倍くらいになってるし、変に気張った顔をしてたもんだから、
その目と妙にマッチしていて、悪いんだけどとてもおかしい。
「…めりけんや、えげれすには、きゃめらというもんがあるっちゅうが」
笑いをこらえてる私を、ちょっと気を悪くしたみたいに見下ろしながら、
「これと似たような理屈で、こがぁな風に撮られるっちゅうんなら、映らんでもええが」
「ふふ、あはは」
ふて腐れたみたいに言う龍馬ってば、多分この時点では二十五、六。私より三つ四つくらい年上の癖に、
なんだかとても可愛い。
「大丈夫だよ、龍馬」
だから、私は彼のもじゃもじゃの頭に手を伸ばして、
「こんな写真より、ずっとずっと、いいオトコだよ、貴方は」
「ついうっかり」、よしよし、なんて撫でてしまったわけだ。
(しまった!)
撫でてから気が付いた。顔がいきなり熱くなる。
(えーとえーと、どうしよう)
戸惑っちゃってるもんだから、どこへ持っていっていいもんだか分からない。私の手は宙に浮いたままで
なのに龍馬ってば、
「うん。おおけにありがとう」
そんな私の手をとって、ぎゅー、なんて握り締めて…にーっこり、なんて笑うんだから、もう!
恥ずかしいんだけど私、この年になるまで男性と付き合ったこともない。だから、
(メンエキないのにっ)
「あ、えと、このプリクラね! こうやってね」
限りなく慌てながら、龍馬が持ってるそのプリクラをほとんど取り上げるみたいにして、
「切って…半分こ、しよ」
ハサミで切って、その半分を龍馬に渡すってことで、やっとこさ自分を取り戻せた…と思う。
「俺が持っちょっても、ええがか?」
「うん、記念に」
大事そうに受け取ってくれる龍馬へ頷いたら、
「いやあ、そがい言うてくれても…俺が持っちょっても、のう」
「あ」
そこで私も、また気が付いた。龍馬は江戸時代の人で、江戸時代へ平成の…「文明の利器」を
持って帰っちゃったら、ぶっちゃけ歴史が狂う?かもしれない。
それに…龍馬は。
「ん? どがいした、サナさん」
「なんでもないよ」
思わず俯いちゃった私の顔を、龍馬は覗き込んでくる。なんでもないように答えようとしたけれど、
歴史の通りだとすると龍馬はあと、八年後くらいには。
「あの、龍馬」
「待っちょくれ、サナさん」
顔を上げて言いかけた私を、龍馬が遮る。
「ありゃ、一体どういう歌舞伎モンじゃ」
「…はい?」
つい彼の指差すほうを見たら、
(ああ、なるほど)
パンクだかヘビメタだか何だか知らないけれど(そもそも一緒くたにしちゃ、失礼なのかもしれないけれど)、
そういった格好をした男の人たちが、昼日中からそこにはたむろってて、周りを行く人は皆、
見てみぬフリをしてる。
で、多分その人たちってば、
(今時、珍しいことしてるなあ)
コンビニの前で、どこかのお婆さんらしき人を取り囲んで、「カツアゲ」ってやつ?をしてるんだろう。
私が言ったら龍馬は、
「なんじゃ、アイツら。あの年寄りから金を巻き上げようとしちょるんか」
「え、っと、まあ、そういうことになる、かも。こういう時はまずは警察…え、こら、ちょっと龍馬っ!」
私が止める間もなく、その騒ぎのほうへ駆け出していった。
「お婆ちゃん、この杖、ちくと借りるぜよ!」
そしてそう言ったかと思うと、その人たちの側に転がってた茶色い杖を取り上げて、
「ハァッ!」
気合いを上げながら、腰を低く落とす。で、
「…ま、こんなもんじゃろ。俺の腕はなまっちょらんな、安心したぜよ」
ものの数秒も経たないうちに、パンクなヘビメタの人たちは、お婆さんの周りで足を抱えて
ウンウン言いながら転がることになったのだ。
(すごい、カッコいい…けど、やばい!)
気が付いたら、私たちの周りには人だかりが出来ていて、
「龍馬、ほら、行こ! 走って!」
「んお? なんじゃなんじゃ!」
これは限りなくやばい。龍馬の袖を引っつかんで、私は走って走って…気が付いたら、
鴨川の川岸まで来ていた。
「…龍馬、ああいう時はさ。まず警察を呼ぶんだよ、今はね」
「けいさつ?」
「うん、警察」
市街地を流れる鴨川は、今日も綺麗に澄んでいる。そこにはいつもみたいに真っ白くて大きな鳥が
来ていて、それをなんとなしに眺めながら、私は彼の袖を引いて腰を下ろす。
「警察っていうのはさ、んー、奉行所みたいなもの? だけど、奉行所と違うのは、
刀を持ってない。代わりにピストルを持ってて、相手がどうしようもなく悪い場合にだけ、
武器を使う、みたいな?」
「ほぅおん…」
あ、やっぱり、いまいち分かってない、みたいな顔してる。でも、まあいいや。
「確か、西郷隆盛と、大久保利通あたりが作ったんだよ。明治政府になってから」
「あのせごどんと、大久保どんのことかいの」
「そうだよ」
「あん二人ゃ、吉之介に一蔵、ちゅう名じゃなかったがか。えらくまあ、ご大層な名前になったもんじゃ」
「うん、そうだね」
私が説明を続けたら、龍馬はちょっと遠い目をして言う。だから思わず笑っちゃったんだけれど、
「…俺はそん時、何をしゆうがか。明治政府っちゅうのは、いつでけたもんじゃ」
尋ねられた時は、生まれて初めて心底戸惑った。
「あ、えっと、龍馬はね、龍馬、は」
これまで生きてきて初めて、頭の中が空っぽになっちゃうんじゃないか、ってくらいに脳みそを搾った…
と思う(実際には搾れないけど)。
だけど、
「龍馬は、龍馬は」
どうしたって言葉は出てきてくれなかった。馬鹿みたいに彼の名前を繰り返すしか、私には出来なかったのだ。
そんな私を龍馬は辛抱強く待って待って…その間、秋の風もいっぱいいっぱい吹いて、どれくらいの時間が
経ったんだろう。
「…俺ぁ、そん時にゃ、死んじょるんじゃな」
「…っ!!」
やがてポツリと龍馬が言う。思わず顔を上げて彼の顔を見て、
(…しまった!)
眼鏡をかけて微笑ってる彼の瞳の奥、泣きそうな顔をしている私の顔をそこに発見して、私はもっとうろたえた。
「ほうか。俺は…ほうか、しかもロクな死に方しちょらん。ほうじゃな? 明治政府とやらが
でけるところを見られんのじゃ。違うか」
「ち、違…」
「無理せんでエエ。おんしの顔見りゃ分かる」
そしたら龍馬は私から目を反らして鴨川を見て、
「で、明治政府っちゅうのは、どういう組織じゃ」
…それとも、あの白い鳥を見てるんだろうか。優しい目をして尋ねる。
「…明治政府っていうのは、さ」
だから私も、何とか気を取り直そうとして一生懸命言った…まだ声は震えていたけれど。
「江戸幕府が倒れるんだ。大政奉還っていうのを、徳川慶喜がやってね。天皇に政権を返すっていう…
それを徳川慶喜に勧めたのが、土佐藩の山内容堂」
「あの容堂がの…勤皇、佐幕で最後まで揺れ動いちょったあの殿さんがの…」
「だけど、だけどね、龍馬」
胡坐をかいて腕組みをしてる彼の、その袖を引っ張って、
「その計画を実際に立てたのは、貴方なんだよ」
私は一生懸命、言った。
「貴方が立てた計画で、後藤象二郎と板垣退助が動いて、そしてその二人が山内容堂を動かした…。
それがきっかけで、江戸にいた勝海舟と西郷隆盛の間で、無血開城の会談が実現して、
そのおかげで戦争は起こらずにすんだ。全部貴方がやったことが起点になってるんだよ」
「…俺がか。その流れを、俺が作りゆう、言うんか」
「そうだよ。これから…江戸時代に戻ったら、貴方が全部やるんだよ」
やっとそこまで何とか言えた。
「ほうか、したら」
龍馬はそこで、彼の腕を掴んでる私の手を、もうかたっぽの手で軽く叩きながら、
「俺ぁ、なおのこと、戻らにゃならんきに」
笑って言う。その顔が、何ていったらいいんだろう、本当に「ガキ」で、まっすぐで、だから、
「で、でも、でもさ、龍馬」
「ん?」
「戻らなくても、いいじゃん」
ああ、なんてこと、私は言ってるんだろう。
だって私は、彼の運命を知ってる。これから彼と彼が愛する人がどうなって、どんな運命を辿るのか。
だけどもしも、もしもだよ?
(もしもこのまま、今の時代で龍馬が生きてくれたら)
ひょっとしたら龍馬じゃなくて、他の人…うん、中岡慎太郎だって、他のパートナーを見つけて、
同じように大政奉還するかもしれなくて、それで、
「…だから、戻らなくても別にいいじゃん、ね?」
言った所で、私のカバンの中でケータイの着信音がした…誰だってーのよ、ホント、無粋なんだからっ!
「おン? どっからか『お囃子』の音が聞こえてきゆうが。随分と変わった音色じゃの」
「あー、お囃子、ね…」
…うん、確かに。知らないんだから、ケータイの♪ピッピキピッピキ♪なんて音は、お囃子の笛の音色に
聞こえるわな。
ちょっと気分が削がれてしまって、でもまあ、大学の講義の知らせとかなら出なきゃいけないから、
(あれ、サチコだぁ)
しぶしぶ取り出したケータイの画面は、私の友達からのメールが着いてることを報せてた。
でもって案の定、
「おお!? なんじゃそりゃ」
「あー、これはさぁ」
身を乗り出してくる龍馬にもゲッソリしながら、
「どこからでも、離れた相手と連絡の取れる電話、だよ。ここがね、こう…耳をつけると、相手の声が聞こえる。
でもって、ここの画面で、相手から届いたえー、手紙、そう、手紙が読めるんだ。で、その手紙っていうのは、
エレキテルによって、えー」
「ほほお…こいつもエレキテル仕掛けか。げにまっこと、平和で便利な世の中になったもんじゃのぉ」
「う、うん。えっと、ちょっと失礼」
ほんっとーに、「何でも知りたがる弟属性」なお方ですこと。とりあえず龍馬にはそう断って、
サチコからのメールを見た…んだけれども。
『…さっきの騒ぎ、向かいのマックから見てたよー。それはそれとして』
うへえ、見られてたんだ。まさかサチコがあそこのマックにいたとは…。
『同日、同時刻マックにてカレと喧嘩しました。原因は、カレの浮気。カレったら、
祇園のソープに行ってたんだ! だから、そのことについてちょっと愚痴りたい。聞いて。
今どこにいんの』
(あららら〜)
やれやれ、なんて思いながらメールを読んでたら、
「やれやれ、俺の時代も今も、男は浮気をする生き物じゃっちゅうんは変わらんのじゃの」
「ひえ!? も、もう! 覗かないでよねっ」
…どうやら龍馬も横から読んでたらしい。
「いや、まっことすまん。ものめずらしくての、つい」
なーんて、本当にすまなさそうに頭を掻くもんだから、
「ま、いいよ。これからは気をつけてちょーだい」
(なんたって、『知らない』んだもんね、仕方ない)
ため息混じりに言っちゃうんだよね。
でも、
『今、河原町の四条大橋近く、鴨川の土手にいます』
なんてメールを打ってる私に、
「ところでサナさん、ソープっちゅうのは何じゃ」
…お願いだから、大きな声で尋ねないで欲しかった、なー。


to be continued…


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