RYOMA! 2



もうもうと上がる煙は、意外にもすぐに晴れていく。そんでもって、
「…なにこれ」
装置の中から、でろん、ってな風に伸びきってる黒くて茶色い「物体」を見て、
私は思わずそんな風に言っていた。
「父?」
そして気が付けば、側にいるはずの父がいない。まさかさっきの爆発?で
父まで吹っ飛んだか!?
「父、どこ!? この物体は何!?」
呼ばわりながら倉庫を歩いてるうちに、
(…あン?)
なにやらぐんにゃりしたものを踏んづけた。乗ってみたら、ちょっと視界が高くなって
探しやすくなるかも、なんて思ったもんだから、
「父ってば! 生きてるなら返事くらいしてよ」
その上に乗ってまた叫んだら、
「…ひゃ、ひゃなえ…重い…潰れます」
「おお!?」
足元から声がしたもんだから、心底ビビッた。
「なぁんだ父、こんなところにいたんだ」
私が踏んづけてたのは、どうやら父その人だったらしい。とにもかくにもホッとした。
「やれよかったよかった」
「…あのですね」
「それよか父、あの小汚いボロッきれ、何?」
何か言いたそうな父を遮って私は尋ねた。
「あれが、父の研究成果? あのポッド、ボロきれ製造装置だったんだ?」
改めて見たら、まるっきり人工衛星の形をしてるその装置。扉が開いて中から覗いてる
例のボロは、当然ながらこの倉庫にもともと無かったもので、だとしたら、
「父、ひょっとして江戸時代のボロを呼び出したの?」
そう考えるほうがまだ自然かもしれない…でもないか。
そしたら父ってば、本当に傷ついた顔をして、
「成功したんですってば、僕の実験が」
私には理解不能なことを言う。
「…ああ、そう。じゃあ本当に、あのボロは江戸時代のものなんだ?」
「僕の話を聞いてくれませんか。実験は成功して」
「でもさ、ボロは廃品回収のトラックに出さないといけないからさ」
言いながら、私はそのボロに近づいた。まるで人間の男性くらいの大きさで、
「まいったな…持っていってくれるかどうか」
私が思わず呟いたら、
「…腹、減ったきに」
…ボロがしゃべった…しゃがれたか細い声で。
「エエ匂いがするがか…どこぞに食いモンがあるんか…」
そんでもって、よろよろと立ち上がりながら…って、ボロが!?いやいや、いくらなんでも
二本足で立ち上がるのは、アライグマのフータ君とサルとクマを覗いたら一応人間だけっしょ。
というわけで、
「人間だ」
「OHHHH!」
思わず呟いた私の隣で、諸手を上げて奇声を発したのは我が父だった。
「いやいやようこそ、坂本龍馬君!」
呆然としている私の隣をすり抜けて、父はそのボロ、もとい、人間の男性に近づいていく。
そんでもってその茶色い両手をがっしり掴んで、
「ようこそ、平成の日本へ! そしてようこそ、拙宅へ!」
振り回さんばかりにして喜んじゃったりしてるのだ。そんでもって坂本龍馬という名前の
そのボロは、
「…腹、減ったきィ…なんぞ、食いモン…」
ただそればかりを繰り返してるもんだから、
「お? おお、そうかそうか。なら私の娘が作った食事だが、ひとつどうですか」
父はやっぱり飛び立つようにして、私が倉庫の机の上に置いておいたお盆を
その前に持ってきて、
「拙い料理だが、愛はたっぷりだよ」
「失礼なこと言わないでよっ! いつもそんな風に思いながら食べてたのっ!?」
言うもんだから、思わず怒鳴ったね。
「あ、いやいや、これは失言…いやそのっ!」
「もう作ってやらないからねっ! そこらへんに生えてる雑草でも食べていればいい!」
「おお〜、早苗〜」
いや、分かってるんだよ。傍から見たらこんなの、中のいい父と娘のじゃれあいに過ぎないっての。
でもって、そんな風に私たちが掛け合い漫才やってたら、
「げにまっこと、美味か!」
いつの間にか、父の手からお盆を引っ手繰っていた彼は、まさに「ガツガツと」むさぼるように
私の作った料理を食べていた。
そして、
「そこの娘さんが、作ったがか」
「お代わり、なんて、遠慮なくご飯茶碗を私に差し出しながら、彼はのたまう。
「…う、うん」
思わず受け取りながら頷いたら、彼は大きく頷いて、
「乙女大姉ぃの作ったメシんようじゃ! 美味い」
…乙女。
(坂本乙女、のことかな? 坂本龍馬のお姉さんの)
勢い、台所へ戻って、思わず受け取った茶碗へご飯をよそって、もっぺん倉庫へ
戻りながら、私は考えていた。
だとしたら、やっぱり、
(本当に本当に、本物の坂本龍馬、なんだろうか)
父の実験は、不幸にも成功してしまったことになる。
さてこれからどうなるんだろう、なんて漠然とした不安を抱えながら倉庫に入っていったら、
「ほら見なさい、早苗! お父さんだってやる時にはやるんですよ!」
「…良かったね」
…相変わらず、んなこた、意に介しちゃいません、っていう風に喜んでる父と、
待ってました、ってな風に私の手から茶碗を引っ手繰る…坂本龍馬がいて、
(現実だよね、現実、現実)
なぜか逃げ出したくなるのを、私は必死にこらえていた。
に、しても、まあ…、
(なんともな「お侍」だなあ)
父に「呼び出される」直前まで、一体どこで何やってたんだろう。体全体が
茶色まみれ泥まみれ、髪の毛は研究家が言ってるみたいにもじゃもじゃで、確かに
とてもじゃないけど「髷」なんて質的に無理かもしれない。
眉毛はちょっと太くて、だけどその下にある目は、残されてる写真と違ってちょっと
丸くて大きくて、つぶら、と言っても差し支えない、かな?
だけど、とんでもなく薄汚れてて、そんでもって、
「…臭い」
三回目に「お代わり」なんて出された手から、「何か」が臭ってくる。思わず言ってしまって、
慌てたことは慌てたけれど、
「お? やっぱり臭うがか? 脱藩してから風呂に入っちょらんけん」
「…今からお風呂沸かすから、即入ってもらえる?」
臭いものを臭いと感じられるようになって、とりあえずそういう風に言えるようになったあたり、
私もちょっとは冷静さを取り戻せたかもしれない。
でも、でもですよ。
「…脱藩?」
家のお風呂に案内しながら、後を付いてくる彼に私は尋ねた。そしたら、
「…ここだけの話にしてくれゆうがか?」
脱衣所の前まで来て立ち止まり、ちょっと寂しそうな目をして彼は言う。
「三週間ほど前に、俺は土佐藩から抜け出したんじゃ。藩から追っ手が来ゆうのを
巻くために、やっと昨日、京へ入ったばかりで。ほとんど飲めず食えずじゃったきぃ。
これから江戸へ向おう、と思うちょったところじゃ」
「そう、だったんだ」
彼が語るところを聞いて、やっと納得がいった。だから、お風呂にも入れずに…って、
(ああ…父よ)
「…着物と袴も、構わないからお風呂の中で脱いで」
「忝い」
「寝る場所は申し訳ないんだけど、居間のソファ…ああ、私の父に聞いて」
「了解した」
眩暈をこらえながらお風呂の扉を閉めて、私は大きくため息を着いた。
どうやら我が父の実験は、本当に成功したらしい。そんでもって、彼が呼び出したのは
脱藩途中の坂本龍馬だったらしい。ということになると、
(参ったな、本当に本物を呼び出したんだぁ)
くどいようだけど、嫌でもそう思わざるを得ないだろう。
倉庫に戻りながら、大きくため息を着いたら、ついでにアクビも出た。廊下の時計を
見上げたら、もう午前3時。
「…父〜? 私、もっぺん寝るよ?」
なのに倉庫からはまだ明かりが漏れていて(これも研究に熱中していればいつものごとくなんだけど)、
やれやれ、なんて思いながら私は父へ声をかけた。
だけど、父は声をかけられたことにすら(これもいつものごとくなんだけど)気づいていない。
装置に向かってなにやらごそごそやりながら、
「ううむ…これは明日、増田を呼んで検討しなくては」
なーんて言ってるもんだから、
「父! 私、寝るから!」
「お? おお、早苗か。はいはい、分かりましたよ。お休み」
怒鳴ったらやっと、父はこっちを向いた。
「あと、『龍馬』に、とりあえず今日は居間のソファで寝るように言っといたから、
忘れずに案内してあげてよ?」
「はいはい、分かったよ。それは分かったんだがね、早苗」
…本当に分かっているんだろうか。なにやらレポートみたいなのを左手にして、
それを見ながら右手でボリボリ頭を掻いてた父は、
「1+1は√2じゃなかったかな」
「…2でないの?」
また算数の初歩の初歩を忘れたらしい。もう慣れっこな自分をちょっと哀しく思いながら
私が返事をしたら、
「おお、そうか。どうやら私は計算違いをしていたようだよ」
「…どういうこと?」
「磁場を安定させるための数式の途中で、間違えて√2を入力してしまったもんだから、
坂本龍馬が無事に出てきたんだ。いわば私の実験は失敗だったというわけで」
「…」
てか、失敗で龍馬を呼び出すなんて、父らしいっちゃ父らしい…とんでもなく。
「であるから、早急にこの数値を入力したところまでさかのぼって、データを打ち直さないといけない。
そうすると、私が計算していたように、彼が近江屋で暗殺される寸前で彼を現代へ呼び出しなおすことが出来る」
この時、父はとても大事なこと、要するにキーになることを言っていたのだ。
けれど、あり得ないことばかりが起きて、いい加減くたびれ果てていた私は、
「…とにかく、龍馬に寝るところだけは言っておいてあげてよ? お休み」
そのまま自分の寝室へ引き上げて、ベッドへもぐりこむなり眠ってしまった。

そして、
(朝だ)
目覚まし時計の音に気づいて、私はぼんやりと目を開けた。ううん、私が起きたのは
そのことだけじゃなくて、
(なんだか、すごくいい匂いがする)
その香りは、どうやら台所から漂ってくるらしい。パジャマにガウンを引っ掛けて、
ぼんやりしたまま台所の扉を開けたら、
「おお、おはよう。ほらほら、早苗も頂きなさい」
そんでもって、その香りは味噌汁ものんだったらしい。お椀を持っていた上機嫌の父が、自分の隣の席を箸で
示すのへ、ぼんやりしながら頷いて、何となしに座っちゃったんだけども、
「これも一宿一飯の礼じゃきに。サナさん、おんしもどうじゃ。俺の味噌汁は土佐の家でも
評判は上々じゃったぜよ」
(…夢であって欲しかった)
向かい側でかいがいしくコンロへ向かって、お味噌汁をよそってくれた『坂本龍馬』を見て、
否応なしに現実へ引き戻されたんである。



to be continued…


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