RYOMA! 1



プロローグ

(また、父ったら…)
T大キャンパス。秋半ばの京都の一日は、もう暮れかけている。明かりがぼちぼちつきはじめた
工学部の研究室棟を見上げて、私はため息を着いていた。
私の父の研究室は、その三階にあるのだ。今の「ドカン!」なんていう音を聞いただけで、
また彼が何をやったのかは大体想像がつくし、
(また私が謝らなきゃ…)
全く畑違いの「歴史学科」に入った私が、そのたんびに謝らなきゃいけないのも分かってる。
(何度やらかしたら気が済むんだろう)
だから、ってわけでもないんだろうけど、私が高校生だった時に、母は死んじゃった。
私は絶対に「父に付き合って心労が重なったせいだ」と信じてるわけだし、
「父!」
もうもうたる煙が上がっている工学部物理工学研究室へ飛び込んで、こうやって怒鳴る私も
(多分長くないんじゃないか)
とかいう思いに囚われちゃったりしてるわけなんだけれども、とにかく、
「父! どこにいんの!?」
もう一度怒鳴ったら、煙は少しだけ晴れてきた。その中には、私を見ておっかなびっくり
肩をすくめてる我が父がいて、その横には洋画に出てくるみたいな大きなポッド?みたいな
ものがある。
「いや、早苗。あのな、今回は絶対に成功するはずだったんだよ。時空を安定させるための
機材を電源につなげたところで爆発してなあ。どうやら流れた電流が大きすぎたらしい。
普通の家庭用コンセントじゃ、やっぱり駄目だったのかな。やっぱり工業用でないと」
…白髪交じりのオールバックの頭を掻きながら、言い訳にもならないことをボヤいているのも、
いつものごとくだ。
側に呆然とたたずんでる学生さんの顔も白衣も真っ黒、でも、とにもかくにも
人身事故にならなかったことだけは良かった…って、
(私も相当、父に毒されてるかもしれない)
「そういう問題じゃないんだってば!」
私は慌てて頭を振って叫んだ。
「ともかく、私はもう父に代わって謝ったりしないからね! 家にもその装置、
持ってこないでよ!」
そしたら父ってば、たちまち情けない顔をして、
「早苗〜…せめて一緒に謝ってくれよ〜」
言うわけだ。
「知るかっての!」
だもので、私も捨て台詞を吐いて物理工学研究室を出た。おっきなため息を着きながら、
ふと上を見上げて、
(『高梨教授研究室』か…)
よくもまあ、あんな事故ばかり起こしてる人間が教授にまでなれたもんだ、なんて思う。
ひょっとすると国の秘密機関にいる人間の弱みやなんか握ってて、そんでもって
大学からも追放されないのかもしれない…とかなんとか、近頃では本気で私も
そう思いかけてるわけなんだけれども、
(駄目だ駄目だ。今は自分の卒論のこと、考えなくちゃ)
抱えてる本を見下ろして、私は苦笑した。
あと半年で大学を卒業して、そのまま歴史学の大学院に入れたら、なんて考えてるわけなんである。
T大の大学院を受けて、もう合格通知はもらっちゃってるわけだから、あとは無事に
T大を卒業するだけ、なんだ…けど。
(あの父がいたら、また「あの」父の娘、なんて言われるんだろうな…)
『坂本龍馬の生涯』なんて銘打たれた分厚い本の表紙と向かい合って、私はまた大きなため息を
ついた。
果たして私は、無事に卒業できるんだろうか。


一 そして、会った。


「家には装置を持って帰ってこないでよ」なんて言ったことは言ったけど、
その言葉を素直に聞く父じゃないってことも十分分かってる。
だから、
(…やっぱり)
校門を出たところで偶然出くわした同じ研究室の友達の佐知子とお茶して、そんでもって
晩御飯の買い物をすませて家まで帰ってきた私は、家の隣の倉庫の明かりが
こうこうと付いてるのに気が付いて、
「父っ!!」
近所中に響き渡るような叫び声を上げることになったのだ。
いつものごとく、装置と向かい合ってなにやらごそごそやっていた父は、飛び上がらんばかりにして
こっちを振り向いた。
「持って帰るなっつったでしょ! なんでいつもいつも家をガラクタばかりにすんのよっ!」
「だ、だって、工業用の電源、引いてあるのはウチだけだし、ここなら総鉄板張りだから、
爆発してもご近所さんには迷惑かけないし」
「…」
…まあ、彼なりには考えているらしい…って、だからそういう問題じゃないってば!
(でも、何を言っても無駄かな…)
父ってば、昔っからそうだった。本当に「子どもがそのまま大きくなりました」って人。
母もそんなところに惹かれたのかもしれないけど、さ。
確かにこんなんじゃ、大学の教授にしかなれなかったに違いない。
「ね、だから早苗。お願いだよ。今回だけだってば」
その「今回だけ」を何度聞いただろう。そのたびにガラクタが増えていくこの倉庫を見渡しながら、
「…ご飯、置いておくから、気が向いたら食べて」
…この父なら、気が向いたら、じゃなくて、気が付いたら、になるかもしれない。
「早苗っ!」
ため息をついた私に、父は抱きついて嬉しそうに叫んだ。
「お父さん、お前なら分かってくれると思っていましたよ! さて、頑張って呼び出さないと」
(…ん?)
そんでもって、彼が叫んだ言葉に私はいつもとはまた違う、尋常ならざる違和感を覚えて、
「『呼び出す』って何」
うっとうしい、なんて言いながら父の体を引き剥がしつつ尋ねたわけだ。
そしたら父は、
「よく尋ねてくれました!」
もっと嬉しそうな顔をして、かけてた眼鏡をくいくい、なんて気取って上げた。
「お父さん、実は今、内閣調査室に入ったほれ、あの、増田君、いるだろ。彼から頼まれていてね」
「…ああ、あのミリタリーオタクおじさんか。父といいコンビの」
増田さん…工学部を卒業して、なぜか自衛隊に入って、そんでもってチョーホー機関だかなんだかに憧れるあまり、
そんな変なトコに『入隊』した、父と同年代で同期、同研究室を卒業したハゲデブおじさん。
私がその『おじさん』の要望を思い浮かべながら答えたら、
「あ、なんだか冷たい言い方」
父はちょっと拗ねたみたいに答えた…五十代半ばのブリッ子って、ホント全っ然可愛くない。
「で、その増田さんがどうしたって?」
「…ん、まあ、その増田君が」
あくまでも冷たく私が言ったら、父はしぶしぶ、なーんて言った風に語り始めた。
以下は、父が語った内容の抜粋である(本当はもっと長い)。
…今、日本の経済状況は瀬戸際に瀕している。こういう時に今までのやり方を踏襲するだけの
役人やら政治家やらがいても、同じアイデアが繰り返し出るだけで時間の無駄である。従って、
歴史上において革命的な改革をした人物を呼び出して、意見を聞いてみたほうがよい…。
「その、呼び出す装置を僕は作っているわけです。しかも総理大臣じきじき、名指しで!
これ以上ない名誉ですよ!」
「…ふーん、あっそ」
本当は、そこで「アホか」と言いたかった。てか、言うべきだったのだ。そしたらいくらなんでも
この父でも、ひょっとしたらこの「実験」を諦めたかもしれない。
けど、
「で、僕はこの装置を完成させる、後一歩のところまで来ているわけです!
その一歩で、電流が足りないという不運に見舞われたけれども」
…目をきらきらさせて、まさに「少年のごとく」語る父を見ていると、
(あーあ、私も母のこと、言えないや)
母が、こんな父のどこが良くて結婚して私を作ったのか、なーんて、そんなアホな実験なんて
やめたら?なーんて、とてもじゃないけど言えなくなる。今の父、やっぱ変に可愛いって
思えてしまっちゃうんだもん。
「僕が誰を呼び出そうとしているか。それはですね」
それはそれとして、お腹が空いた。そろそろ晩御飯の支度にかかりたいんだけども、
なんて思ってた私の耳に、
「坂本龍馬です!」
…信じられない言葉が飛び込んできた。
「父、坂本龍馬なんて知ってたの」
私が思わず尋ねてしまったら、
「…君は僕を何だと思ってるんだい?」
父は傷ついたような顔で問い返してくる。いや、ホント、自分の父親に向かって失礼なのかも
しれないけれども、この父が歴史を知ってるなんて、とうてい想像できないからさ。
だけど、
「坂本龍馬の卓抜した発想力! あの時代にあれだけ自由な発想で、しかも今の会社の
さきがけを作ったところ、誰にも真似できないですよ」
…すぐに気を取り直して熱く語っちゃうところもまた、父の父たる所以だ。
「それに、江戸時代の人間だと電気代もあまりかからないし」
「…電気代」
…そっちの問題もあったか、なるほど。ってー!
「一体どれくらい食うのよ!」
「えーと、同じ装置を作ってる阿部さんとこは、平清盛を呼び出すって言ってたね。
平安時代からだから、1万ちょっとかな」
「あ、そう…」
そっかそっか。それくらいなら夏のエアコンと同じくらいだ。なーんて、ちょっと安心しかけたんだけど、
「一日あたりの計算でね」
続いた父の言葉に、思わず眩暈がした。平安時代の人間を呼び出すのに、一日あたりの電気代が
1万ちょっと…。
「あ、だから、龍馬なら江戸時代だから、一日せいぜい3000円くらいですみますよ?
平安時代って古いから、呼び出すのに時間がかかるらしいし、それでも失敗する場合があったりなんかして」
「…そのあたりの理論は、よく分からないんだけどね」
知ろうとも思わないんだけれども、なんて、眩暈をこらえながら、私はやっとこの父に向き直った。
「だいたい、実際に呼べるわけ? 確証は? そもそもそんな非現実的なこと」
「非現実的ではありません。理論上は可能なのです!」
「そりゃそう、かもしれないけどさ…」
実際に呼べるなら、私も龍馬に会ってみたい。ちょうど彼が卒論テーマだし、なんせ本人に自分のことを
尋ねるんだから、これ以上正確な資料はないわけで。って、いかんいかん!
これ以上父のペースに巻き込まれたら、私までこっちの世界に帰ってこられなくなる。
で、
「…好きにしてください。私はご飯を食べます」
いつものごとく、私は父に「敗北」して、倉庫を後にするわけだ。大体、もともと常人と一線を画してるところに
常識のあるこの父に、世間で言うところの一般常識が通じるわけがないのだ…いつもながら、
悟るのが遅いな、私。
そんでもって、疲労困憊の私はシャッターを後ろ手に閉めるのだ。
「感謝してる。愛してるよ、早苗!」
…背後で父がいつものごとく、嬉しそうに叫ぶのを聞きながら。


(お金はもったいないけども、まあ…費用の出所が今回はアレだしねえ)
んでもってその夜。倉庫まで晩御飯を持っていった私は、「多分明日の朝まで手付かずだろう」
なんて思いながら、熱心に装置と向き合ってる父へ、
「気が付いたら食べてね」
今度は間違わずに言って、自分の部屋へ引き上げた。
ベッドへもぐりこんで、ふと気づく。カーテンの隙間から漏れる光がすごく明るい。
ああ、今日はお月さんが綺麗なんだなあ、なーんて思いながら、
(国民の皆さん、ごめんなさい。父の研究費は皆さんの血税です、アーメン)
いつものように、愚にもつかない懺悔をしつつ、私は目を閉じる。
…で、どれくらいの時間が経っただろう。
ドカン!なんて音がして、家がぐらぐら揺れて、私は目を覚ました。
いや、それだけなら、(またか)なんて思って私はもっぺん眠りに付くんだけれども、
「OHHHHH! AHHHH!」
…階下から、というよりも、倉庫から聞こえてくる感極まったその叫び声で、慌てて飛び起きたのだ。
(父ってば、もうっ!)
お願いだから、これ以上変態ぶりをご近所様に広めないで欲しい。
秋の夜なもんだから、外は少し肌寒いだろう。パジャマの上にガウンを引っ掛けて、
「父! 一体何が…!」
倉庫のシャッターを開けた私は、煙の中の光景を見て絶句したのである。


to be continued…


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