峠の幽霊バイク




(よし、明日はあの峠を走ってみよう)
この間、やっと念願だった大型バイクの免許を取った。
嬉しかったから、高校へもわざわざ許可をもらって、そのバイクで通学していたりして。
「何だお前、あの岬に行くのかよ?」
早速馴らしのためにあっちこっちへ行っていたんだけれど、海に夕日が沈んでいく光景が
ものすごく綺麗だっていう、市内の岬へはまだだった。
俺に話しかけてきたヤツは、高校に入ってからツレになったヤツで、やっぱり俺と同じくらいの時期に
バイクの免許を取ったヤツだったから、
「ああ、行くよ」
俺は、教室の机の上でマップを広げながら、無造作に頷いた。
住んでる場所からはちょっとした峠を越えなきゃならないその岬は、高校生が行くには遠いかもしれない。
だから、
「朝から転がしてさ。どっかのコンビニでも昼メシ買ってそこで食って帰ってこようかなって」
俺がそう言ったら、そいつは笑って、
「お、いいじゃん! 俺も付き合わせてもらっていいか?」
元々、俺に異存はない。
「転倒(コケ)ないようについて来いよ?」
「そいつは俺の台詞だっての」
言いながら笑い合って…それが二日前の金曜日のこと。

そして当日は、梅雨明けの夏の太陽がギラギラしてて、朝っぱらから既に暑かった。
「おうい、誘いに来たぞ!」
窓の外からそいつの声がしたのは、まだ朝の九時になるかならないか、くらいで、
「早いな、今行く。てか、お前もウチに上がれよ!」
家の二階にある部屋の窓から、バイクにまたがったままのそいつへ叫び返して、
俺は慌てて服を着た。
今日も暑くなりそうだって天気予報は言ってたし、ならTシャツにジーパンっていう、
いつものカッコでいいよな、って思いながら一階へ降りたら、
「まあまあ、事故に遭わないように注意しなさいね」
ちょうどオフクロさんが、そいつを玄関の隣のLDKへ案内しているところで、
「ほら、コーヒー。トーストとか要らないの?」
なーんて世話をやいたりなんかしている。
「ご馳走になっとけよ。俺も頂きまーす」
苦笑してるそいつを促して、俺らは二人でオフクロさんが用意してくれた朝メシを食っていた。
しばらくして、
「…あの岬に行くの? やめておいたほうがいいんじゃないの?」
オフクロさんがいきなり、心配そうに言い出すもんだから、「なんで?」って尋ね返す前に
悪いんだけど俺ら、二人して少し笑ってしまったんだよな。
「笑わないで聞いて頂戴。あの岬、変な事故とか多いらしいじゃないの」
「ま、確かに夜は見通し悪いみたいッスけど、俺らが行くのはこれからだし」
ムッとしたオフクロへ、ツレが笑って俺の代わりに答えた。
「そうそう、日が暮れる前に戻ってくるって」
続けて、俺もそう言った。「だけどねえ」なんていうオフクロの声を聞いていないふりをして、
「さ、行こうぜ!」
俺はサラダを食い終え、ダチと一緒にダイニングテーブルから離れる。
「…気をつけて帰ってらっしゃいよ?」
外に出て、一斉にエンジンをふかした俺らへオフクロが言うのへ、ちょっとカッコつけて
親指を立てて、また二人して笑い合ったりして。
(よし、午前八時半。十時にはあっちに着くだろ)
…その時、何故か俺は左手の腕時計を見て、普段は確認しない出発時間を確認したんだ。
ともかく、そんなこんなで、俺らはその岬へ向かって出発した。
「結構、田舎だよな」
「ああ、全く」
途中に思い出したみたいにあるコンビニへ寄っては休憩がてらマップを見、冷たい水を買って飲む。
朝早くに出てきたから、まだ昼にはかなり余裕がある。
それに、思っていた以上に田舎だから、警察だって滅多に走っていない。捕まる心配だって
少ないだろうっていうことで、俺らは二人並んでどんどんスピードを上げながら走っていた。
「おお、着いたな!」
「着いた着いた!」
海の見えるその岬から見える海に着いたのは、最後にコンビニに寄ってから30分くらい…だと
思っていたのに、
(もう夕方かよ)
またそこで何気に腕時計を見て、俺は驚いた。
昼の長い夏だっていうのに…もう暮れるなんて有り得ない。
でもそれでも、
「おお、気持ちいいな!」
道路から少し突き出たガードレールの側にバイクを止めて、ツレが海へ向かって
両腕を思い切り伸ばすのへ、
「…そうだな」
俺も頷いて近づいていった。確かに海から吹いてくる風が気持ちいい。
水平線の向こうへ、ゆっくりと太陽が落ちていく。
それを、コンビニで買った握り飯をぱくつきながら見ているうちに、何故だか
どんどん辺りは暗くなっていって、
(こらぼちぼち帰らんとヤバいな)
いきなりこみ上げて来た焦りと一緒に、俺は思った。
これから通って帰る予定の途中の峠は、ほとんど片側通行言っていいくらい、幅が狭い。
暗くなってしまったら、事故る可能性も高くなるわけだから。
だから、
「おい、そろそろ引き返そうぜ」
「そうだな。事故るとやばい。オフクロさん、心配するだろ」
「何を!?」
軽口をたたきあいながら、俺らはそれぞれのバイクに乗って、名残は惜しかったけど引き返すことにしたんだ。
夏の日だから、太陽が沈んでしまってもまだ明るいだろう、なんて予想を裏切って、帰りかけていくらも
いかないうちにすぐ日が暮れた。日が暮れるといっぺんに暗くなる。だから、俺もダチも
行きとは違って慎重にバイクを転がしていた。そんなにスピードは出していなかったはずだ。
…で、例のはばたき峠まで差し掛かった。両側を森に囲まれているその道路は、すぐ向こう側が崖で、
その下は海。だから俺とそいつは余計に慎重になっていたんだけれど、
(あ、ヤベ。チーマーか?)
俺らの後ろが、なんだかいきなり騒しくなった。たくさんのバイクが追っかけてくる音がする。
だけど、こっちもスピードを上げるわけにはいかない。ツレと二人、顔を見合わせながら、どうしようかなんて
迷い合って、それでも運転してて、しばらくしてから気がついた。
…確かにバイクの音はしている。なのに人の気配が無い。
(変だ)
そう思って、ミラーを覗いてみて…思いきりビビった。
運転してる人間、いや、人間『だった』やつらが、3台ほどのバイクに乗っている…そいつらの首から上は、
何度目を凝らしてみても無かった。
情けないけど、チビりそうになりながらツレを見たら、ツレも同じらしい。二人して
必死こいてスピード上げて、「それ」から逃げようとしたら、今度は前の方からも明かりが見えてきた。
そっちはどうやら車っぽい。
片側通行しかできないような道。おまけに崖っぷち。
どうやったってすれ違うなんてできないし、後ろからはわけのわからない連中がおっかけてくるし、
俺もツレも多分、ほとんどパニック状態で…だけどその時、俺はふと思った。
(このままだったら、前にも後ろにも、どっちみちぶつかるんだろ。だったら)
人間、何を思うやら分からない。そう考えるよりも早く、俺の体のほうが動いていた。
咄嗟にブレーキを思いっきりかけると、俺のバイクはすげえ音を立てて止まって、勢いづいていた俺の体は
地面に投げ出されて、ごろごろ転がって…止まった。ツレはそのまま、すごい形相をして前へ逃げていくのが
分かった。
とんでもなく長い時間に思えたけど、多分それは一瞬だったろう。
そして、俺は頭を上げて後ろを振り向いた…道路が、俺の手前でふわっと宙に浮いたんだ。
地の底を這うような、って、あんな声のことを言うんじゃないだろうか。
後ろから追っかけてきていた連中が、首が無いのにとてつもない声を上げながら…それが
悔しがってるんだって俺にも分かった…俺の上を通り過ぎて、俺のダチをそのまま追いかけていく。
「ブレーキ、ブレーキをかけてバイクを止めろ!」
もう無駄なことだと分かっていながら、俺は俺のずっと前を走っていってしまったダチへ
叫ばずにはいられなかった。
やがて、前のほうから、それでも満足そうにゲラゲラ笑う声と、バイクがどこかへ落ちていく音が
同時に響いてきた。
そこでようやく、俺は立てるようになって、
(いてて)
体のあちこちに擦り傷が出来ていることと、
(そういえば、あの車のライトは)
確かにこっちへ向かって走ってきていた、もう一つのライトが、影も形もないことにやっと気付いた。
そして、もっと驚いたのは、周りがいきなり明るくなったことだ。
日が暮れた、って思ってたのに、
(午後二時…?)
まだ夕暮れにもなっていなかったなんて…。
痛む体を引きずりながら、路上に転倒している俺のバイクヘ、俺はよろよろと近寄った。
(警察…)
渾身の力を込めてバイクを立て直して、それへ乗って…警察へ、なんて思ったら、
その時になって全身に鳥肌が立つ。
一体あれは、何だったんだろうか。
もちろん、その後、道路は普通に…っていう言い方も変だけど…なっていて、俺だけは無事に帰って来れた。
ダチは、俺からの連絡で警察がやっと見つけた。つい一週間前、そこへ転落して死んだライダーと
同じ場所で、変わり果てた姿になって発見されたんだ。
気になって、そこらへんのことを警察に聞いてみたら、あそこの峠からは昔っからよく事故があって、
車やらバイクやらが崖っぷちから落ちているらしい。
(怖かった…マジで)
そのことを思うと、病院で治療を受けている間も震えが止まらなかった。
「よく無事で帰ってきたわね」
病院の廊下の長椅子に座って、俺の両腕に巻かれた真っ白な包帯を見ながら、オフクロはほろ苦く笑う。
「お友達は気の毒だったけど、貴方だけでも無事で良かった。悪いけどお母さん、そう思ってるの」
「うん」
そりゃ当然だろう。むき出しだった俺の両腕は、まるで火傷したみたいになっていたけど、
命あってのモノダネっていうし、俺も素直に生きてることを感謝している。
でも、
「オフクロ」
ふと俺は思いついて尋ねた。
「オフクロ、ひょっとして知ってたんじゃないの?」
「…そうねえ」
するとオフクロは遠い目をして、
「私も、多分あんたと同じ経験をしてるからねえ。大学時代、サークルの人たちとドライブに
行った時に」
…思わず息を呑んだ俺に、
「どうせぶつかるんだから、ブレーキをかけて止めちゃえば、なんて私、当時、車を運転していた
先輩に言ったのよ。そしたら先輩もやけになって。ブレーキをかけた瞬間、後ろを振り向いたら、
まるで道路が飴細工みたいにぐにゃって曲がって、『あれ』は全部、海のほうへ落ちていったわ」
「なんで言ってくれなかったんだよ!」
「アンタ、言ってもどうせ聞かないと思ったし。それに、言ったところで信じてくれるとは思えなかったし。
あら、会計。ちょっとごめんね」
言い終わって、受付に呼ばれていくオフクロさんの背中を見ながら、また全身が総毛立った。
オフクロの時と違って、俺の時に道路が「そう」ならなかったのは、俺のほかにもう一人…ダチがいたからだ。
まだ「仲間」に出来る、生きている人間が。
(もう、あの峠には行かない)
…もしも、もしも俺ももしかして、俺のツレがやってたみたいにあのまま突っ走っていたら、今頃は。
あの峠はきっと、人間が絶対に踏み込んじゃいけない領域なのだ。

FIN〜

著者後書き:というわけで、SFホラーに入る前にちょっと短編。ついうっかり寝てしまったので(苦笑)、
私自身も涼しくなることで目が醒めればと。アメリカだったかな?鉄道時代の怪談民話を、
現代風にアレンジしてみました。(2009年7月10日謹製)
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