…遅すぎて。




「ね、エリちゃん」
私のことを「1番の親友」だと思っている人が、私に言った。
綺麗で可愛らしい小物で一杯の、女の子らしい部屋。透明なガラステーブルの上で、
小花模様の綺麗な白いティーカップが小さな音を立てる。
「今年、ウチでクリスマスパーティー、やるんだけどね。ヒロ君も来るんだって。だから、
エリちゃんもおいでよ。」
にこにこしながら、彼女は私に買ってきた紅茶を勧めてくれる。
「そうね…そうしようかな」
私も当たり障りの無い返事をしながらそれを受け取った。
ヒロ君っていうのは、入学してしばらく経った頃…一年と少し前にともちゃんが紹介してくれた、彼女の
幼馴染。「せっかくだから」とわざわざともちゃんが私も彼に紹介してくれた、あの、尾島博之君のこと。
今では、誰よりも私の大切な人になっていて…片思いだけれど。
「良かった! きっと彼も喜ぶわ」

ともちゃんは、そういって喜んだけど。
自分の家へ帰りながら、
(とりあえず着ていくものを探さなきゃね…)
私はため息をついた。
…白々しい。
いつだって溌剌とした彼女。男女問わず人気者である彼女。
私なんかよりずっと美人で、ずっと頭も良くてスタイルだってよくて。
(全部持ってるくせに)
ワードローブの中の鏡に映る私の顔は、そんな風に考えているとき、今までに見たことのないほど
醜い顔をしているように思う。
ボリュームがなくてペタンとした髪の毛、低くて丸い団子っ鼻、高校二年にもなるのに膨れて未だに
ニキビが時々出来る頬。どうしたって他の女の子みたいに、「うふふ」って笑うなんて全然
似合わないって、私らしくないって、散々に言われてる。
「アンタも、お友達のともえさんを見習って、少しは綺麗にしたらどう?」
なんて、お母さんまで私をあざ笑う。
私だって、どれほど自分を嫌いで自分を変えようとしたか分らない。けど、何をやったって
変えられないものはあるんだってことと、それを知ってしまった時の私の絶望なんて、誰も
理解なんてしてくれない。
「アンタは鈍感だから」
その言葉に、あっけらかんと笑っていたけれど、私が心の中でどんなに傷ついているのか、
(何にも知らないくせに…もうアンタの引き立て役はまっぴらだ)
かつん、と、スニーカーの先に小石がぶつかって、我に帰るともう自分の家だった。
晩御飯の支度をしているお母さんへ適当に「ただいま」を言って、自分の部屋へ戻って、
置いてあるタンスの扉を開く。
…なんて、素っ気無い。
その扉の中についている鏡の中には、
(折りたたみ机、黒の絨毯、ギンガムチェックがちょこっとついただけのカーテン…)
自分でも思わず苦笑が漏れるくらい、ともちゃんのそれとはあまりに対照的な私の部屋の
様子が映っている。
(だって、私には似合わないもの)
鏡の中の自分を見つめて話しかけたら、ともちゃんの顔まで浮かんできた。
(私が貴女の親友? 笑わせるんじゃないって)
その顔に向かって、私は思わず唇を歪めて笑ってた。
(全部、知ってんだからね)
私は知っている。貴女が私をただ、自分の自尊心を満足させるためだけに、利用しているだけだってこと。
女同士なんてそんなもん。女友達なんてそんなもん。
「あの子は私よりも背が低いし」「私のほうが目が大きくて可愛いし」「足だって細いし」…。
今まで私に近づいてきた女の子は、皆そうだった。だから、ともちゃんだってきっと、尾島君のこと、
私に仲の良さを見せつけるためにわざわざ紹介したんだろう。
だって、その証拠には彼からのデートの電話、月に2回くらいしかないんだから…しかもお義理みたいに。
気になっているんなら、普通は毎日でも尾島君のほうから電話、くるものだと思うのね。
だって、クラスの他の子にそれとなく聞いてみても、皆そうだって言うもの。
(そりゃ、お義理だよね…こんな、女の子らしくない外見)
お世辞にもスカートなんて似合わない、肩幅も変に広いから、露出の高い服なんて着られない。
だけど…だけど、尾島君だけは他の男子みたいに、
「飯田ってほんと、トボケた面白いヤツ。女だなんて思えないよな」
なんて言わなくて、
「上手くいえないけど」
雨がざんざか降ってた梅雨の時期のある日、一度だけ相合傘して帰った、忘れられないあの日、
「飯田さんは、飯田さんでいいんじゃない? 無理すること無いよ。いいところ、一杯あると思う」
私と背は同じくらい。肩幅だって私よりちょっと狭い。けど照れながら呟くみたいに
言ってくれたあの言葉が、宝物みたいに思えて、
(あの時から、ずっとずっと好き、なんだよね)
初めて思った。大事に大事にしたい。いつまでも側にいたい…あの人が、大好きだ、心の底から。
クリスマスパーティーまで、あと二日。
ため息をついて、私は服を探す手を止めた。気が付けば、
(渡さない。渡したくない)
前から心の中でどすぐろいもやみたいになっていたあるものが、一気に黒い形になる。
そうよ。もうこれ以上、仲の良さを見せつけられるくらいなら。
こみ上げてくる笑いを堪えようとして、私はついさっき、私の部屋を立ち去った親友へ電話をかけた。
「もしもし、ともちゃん? 明日ね、プレゼント選ぶの、付き合って欲しいんだ。…うん、ごめんね。それで、
その後またともちゃんの部屋にでも…うん」
私を憐れんでいる彼女が、私の『お願い』を断わるわけが無い。
さあ、忙しくなる。
そんな日が来るかもしれないし来ないかもしれない、と思いつつ、化学の授業のたびに少しずつ、
片手に収まるほどの小さな赤いタッパーに拝借していた亜ヒ酸。
(消してやる)
持っているだけで気が休まるし、私を馬鹿にする奴らへ一緒になってヘラヘラ笑いながら、「これでいつだってお前らの
命を消してやれるんだ」なんて思えば怒りも収まるし…言うなれば「お守り代わり」に持っていた
それ。本当に役に立つ時が来るなんて。

そして翌日。
「でもともちゃん、やっぱ悪いから今日は帰るよ」
「いいっていいって! 上がっていってよ。一人で食べるケーキなんて味気ないもの」
買い物の後、彼女の「家に寄らせて」なんて言っていた私は、
「いや、ホント悪いし」
遠慮するフリを一生懸命してる。
「もう、遠慮しないで、ホラホラ! 美味しく出来たんだから。今日のは本当に自信があるのよ?」
案の定、帰ろうとする私を、優しい優しいともちゃんは無理に自分の部屋へ誘う。
『悪いから』なんて言ってる私の手を強引に引っ張って、ともちゃんは自分の部屋へ彼女を入れた。
「せっかく焼いたんだから、ね? ゆっくりお茶していってよ」
「うん、ありがとう!」
私が座ったのを確かめてから、
「用意するから待ってて。帰っちゃダメよ? 大事な話もあるんだからね」
にっこり笑って、ともちゃんはキッチンへ降りていった。
(大事な話、か)
コタツに入りながら、私は持ってきたカバンから素早く小さな容器を取り出す。
(気配りだって出来るんだよね)
コタツテーブルの上には、湯気の立ってるティーポットと綺麗なカップ。
自分の分と、私の分へ等分にともちゃんが注いでくれた、その一方へ私は小さな容器の中身を
全部空けて、備え付けの可愛いティースプーンで素早く溶かした。
ケーキを焼く、いい香りのする紅茶を淹れる…全部私が、「アンタには似合わないから」と、やろうとする
前から「止めさせられて」きたこと。
これから全部、私もやってやる。
「お待たせ! ほら、すごいでしょ!」
「うん、すごい!」
ちょうどそこへともちゃんが帰ってきて、丸くて綺麗にデコレーションされたケーキを得意げに
私に示す。
「ちょくちょく焼いてるんだ。自分で焼いたほうがやっぱり美味しいの食べられるから」
照れたように笑いながら、ともちゃんはケーキへナイフを入れ、その一切れを私にくれた。
「はい、どうぞどうぞ」
「ありがとう」
勧められるまま口にしたケーキは、本当にあっさりしているのに美味しくて、
(いいさ。もうすぐアンタはいなくなる)
「でね、大事な話ってね」
「うん」
頷きながら、どこまでもお上品にお茶を口へ運んだ彼女を私はさりげなく、注意深く観察した。
(お上品な顔、してられるのも今のうちだよ)
ああ、邪魔者を片付けるって、なんて素敵。どうして早くこうしなかったんだろう。
(早く飲んじゃえ)
嬉しい後悔なんて初めてだ。彼女がその紅茶を飲んだら、私はこの容器をどこかのドブへ捨てて、
そしてそ知らぬふりをしてこの部屋から去るのだ。
誰も「一番の親友」だと思っていた私を疑わないに違いない。誰も私が普段、こんな風に思っていたなんて
知らないんだから…誰も本当の私を知らない。
冷たい喜びに浸っていた私は、
「ヒロ君のこと」
「うん」
はやる心を必死に抑えようとしながら、返事をする。
けれど次の瞬間、彼女が言った言葉は、私の手を凍りつかせた。
「ヒロ君ねえ。すごく照れ屋だし、シャイだから、なかなか行動に出られないみたい。
月に二回電話するのがやっとだって言ってて、どうしようなんて私に相談してくるのよ。
本当に貴方のことが好きみたい。エリちゃんだって、彼のことが好きでしょ? 紹介したかいがあったなあ」
…そして、それから10分後、彼女は口から血を吐いて、呆気なく絶命した。
今、その側にただ座りながら、私はやがて訪れるだろう終焉の時を待っている。 

FIN〜


著者後書き:はい、後悔に嬉しい後悔はなかったりして(苦笑)。自覚はあっても、
歪んでしまった思い込みはなかなか拭い去れないものです。ただの誤解であったと
分ってからは、もう遅すぎて。(2009年4月23日謹製)

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